台風24号2018年10月01日

嵐の長い夜を越えて、ようやく朝がやって来た。
睡眠時間は2時間ほど。
出勤前に庭の畑を見回り、家の前の道を掃いた。
畑は葉物野菜の被害が大きい。
ネギやショウガは大丈夫だろうが、アスパラは根こそぎ倒れてしまった。

昨夜11時くらいまではまだ余裕が有ったのだ。
気温や気圧を測ったり、風向の変化はないかと窓から外を観察したり。
昔と違い雨量も雲の動きも衛星画像も、PCで簡単に見ることが出来る。
だから地学部だった学生時代の好奇心の残渣が、ちょっとした興奮を生んだんだ。

でも段々とそんな余裕は無くなった。
今まで経験した事のないような風雨だと気づいたからだ。
全身に緊張が走るような風の音と家の軋み。
僕の家は立地の関係で、南東方向からの風に弱い。
ずっと駅の方までその方向に高い建物が無く、風の通り道になっているんだ。

南風が巨大な圧力となって、僕の家にぶち当たる。
シャッターの付いていない二階の出窓の大きなガラスがグワッと歪む。
それを見ていると、この家が崩壊するんじゃないかとの恐怖に駆られるんだ。
不安を訴える犬の仕草と、気圧低下による頭痛と肘の痛み。
こうなるともう、気圧の測定なんてどうでもよくなってしまった。

朝になって調べたら、都心では39.3m/s。
八王子で45.6m/s、千葉で41.1m/s。
凄いな。

もう一つ驚いたのは、あの強烈な風雨に街が震えていた時、
Mがスヤスヤと眠っていたことだ。
どんな事にも動じない彼女は、充分な睡眠をとって今朝も出勤していった。
凄いな。



変わること、変わらないこと2018年10月03日

天上の季節は、陽も星も揺らぐことが無い。
昼時間は計算通り短くなり、今日の東京は11時間46分。
もちろん星も、暦通りのそれになっている。

地上はどうか。
集中豪雨とか、暴風とか、何十年に一度とか、想定外のとか。
そんな日々を暮らしていると、変わらないものへの憧れが強くなってゆく。
だから昔と変わらない星座を見ると落ち着くのだろうか。
思い出の中に癒しを求めるのだろうか。


嗚呼、ついに終了か。
この頃はもう、個人のホームページを作る人も少なくなった。
これも流れか。
でも、あの頃の熱気は懐かしい。
インターネットという存在そのものも新鮮だったし、
そこで知り合った顔も知らない人達との交流も嬉しかった。
楽しかったな、ジオシティーズ。

変わらないものへの憧れは憧れとして、終わるものへしがみ付くのは止しにしよう。
僕もジオシティーズに自分のホームページを持っていた。
それは移行させず、このまま消滅させよう。
昔の恥をこれ以上残しても仕方が無いんだから。


朝、新聞でノーベル賞の記事を読んでいた。
そして気が付いた。
本庶佑という、ちょっと珍しいお名前に覚えが有った。
まだ学生だった頃、本庶先生の書かれた本を読んだことがある。
たしかブルーバックスで、遺伝子の話だった。
そしてそれがとても面白く、研究者と言う生き方に憧れたりもしたっけ。
先生はその後も努力を続けられ、研究成果は沢山の人を救うことになる。

職場で、研修会の予定をぼんやり見ていた。
そして、講師として知り合いの名前を見つけた。
僕が今の職場に来る前に所属していた会社の同期だ。
あの地下室で電子顕微鏡と対峙する彼の姿を覚えている。
几帳面にびっしりとノートをとる姿を覚えている。
彼は今でもあの分野で活躍し、スペシャリストとなった。
僕はとっとと逃げだし、何物にもなっていない。

彼のことをカッコ良いと思う。
変わらぬものの強さを感じるからだ。
でも彼のようになりたいと羨む気持ちは無い。
僕は自分がそんな人間になれないことをよく知っている。
こうして生活しているだけで、自分に満足なのだ。
僕は捨てたり逃げたり変わったりして、何とか生きているんだ。





ゆっくり走ること2018年10月06日

彼岸花は終わった。
金木犀も散り始めた。
ニガウリはまだ頑張っている。
朝顔は種をつけた。
冬から春へは嬉しいのに、春から夏へも嬉しいのに。
夏から秋、秋から冬への変化が苦手で、いっそ早く本格的な冬が来てしまえとも思う。
冬が来たら来たで、寒い寒いと文句を言うのだが。



Mのお母さんが足腰を悪くして、どのくらい経つだろう。
この頃はもう、どこかへ出掛ける時は常に僕の車で移動するようになった。
先日は所用にて新宿へ乗せていった。
高層ビル街から繁華街、御苑の脇を抜けてその先まで。

すると、何だか懐かしいなと思ったんだ。
アクセルをそっと踏む感じ。
体を揺らさないように定速で走る感じ。
早めにゆっくりとブレーキをかける感じ。
そうだ、老いた母や父を車に乗せる時、こんな風に運転していたな。
後続の迷惑も顧みずハザード出して目的地のすぐ前に駐車したり、
シートベルトを外してあげたり、
ドアを開けて杖を握らせたり、
傘を差しだしたり。
懐かしい。
Mは迷惑を掛けていると言うけれど、
僕はMのお母さんをどこかへ連れてゆくことがむしろ嬉しいんだ。



ちょっと仕事が立て込んでいて息苦しかったのだけど、ようやく少し余裕が出来た。
明日の日曜と月曜の体育の日は連休出来る。
台風後まだまともに畑作業をしていないし、ウッドデッキのペンキだって塗りなおしたい。
二日間の休みを、外でゆったり過ごしたい。
明日、予報では東京の最高気温は30度。
夏の名残りの陽を浴びるのが楽しみだ。


自転車通勤のこと2018年10月10日

時間のたつのが、日の過ぎるのが、早すぎて怖いくらい。
夕方、職場の窓から外を見て、もうこんなに暗いのか!と慌てたりする。
暦を見て、え?もう10月10日なのか!なんて事に驚いたりもする。
買った本も積んだままで、録画したテレビも見ずのままで、仕事は溜まったままで。

これだけの時間が過ぎているのに、僕はいったい何をしているんだろう。
確かにボンヤリした人間だけれど、そこまで無為に過ごしているつもりは無いんだが。
何もしないまま時間だけ過ぎてゆく感じに、ちょっとうろたえたりもする。
ホントにもう10月10日なのか。
いやそれ以前に、今が2018年ってホントなのか?


猛暑が去ってから、晴れた日は自転車通勤をすることが多い。
出勤するときは真っすぐ8キロ弱の職場へ向かう。
でも帰りは寄り道することが多い。

車じゃ寄りつけない駅前の繁華街や路地裏をゆっくり走る。
商店街の焼き鳥屋さんで数本買う。
酒屋さんで声を掛けられて、酒を猪口で一杯試飲させてもらう。
建築中の知り合いの家を見に行く。
それが自転車の楽しさ、身軽さなんだろう。
そんな寄り道の楽しい自転車通勤は、寒さが厳しくなるまで続けられそうだ。
電動自転車、買ってよかったな。


今月末か、来月初くらいにまた人間ドックを受けなければ。
でもそれが今から憂鬱で暗い気分になる。
検査されることも嫌いだし、その結果何かを指摘されることも怖い。
慢性的に抱えているいくつかの症状も、そろそろ治療が必要だろう。
人間ドックを年に一度受ける、なんてなぜ誓ってしまったんだろう。
その約束をした相手はもうこの世に居ないから、今更修正不能なのだ。



掩体壕のこと2018年10月13日



仕事で出掛けた先に、こんなものが有った。
約束の時間に少し早く、停めた車の中でボンヤリしていて見つけたんだ。

懐かしい。 まだ有ったのか。
風雨に晒され朽ちかけてはいるけれど、フェンスに囲まれ一応保存の意思は有るようだ。
これは掩体壕(えんたいごう)。
太平洋戦争末期、空襲から戦闘機を護るために作られたコンクリートの格納庫。
僕が子供の頃は、この遺構に登ったりして遊んだものだ。

この場所は、首都防衛の為に当時の陸軍省が土地を接収し造営した飛行場が有った。
陸軍の主力だった戦闘機「飛燕」を配備し、この掩体壕に格納していたんだ。
でも高空を飛ぶB29相手にあまり成果は挙げられなかった、と説明板には記載されている。

またこの辺りには、当時東洋最大と言われた中島飛行機が有った。
「隼」「疾風」なんかを作った航空機メーカーだ。
それら軍事施設を狙い、空襲も激しかったようだ。
僕の実家の庭にも焼夷弾が落ち、離れが焼け落ちた。
その光景を防空壕から見たと祖母が言っていたっけ。

祖母は100歳で亡くなるまで、花火大会を嫌っていた。
あの音が、空襲を思い出させるらしい。
機械好きで戦闘機の整備をしていた僕の伯父は硫黄島で戦死した。
写真で見る伯父は僕にとてもよく似ている。

中島飛行機は戦後解体され曲折の末、富士重工になった。
僕は中島飛行機の跡地にあるディーラーで、富士重工のスバルを買った。
そしてその車の中でこれを書きながら、腹減ったなとか思っている。

今日は祖母の誕生日。
祖母が元気だったころ、この日は決まってカキフライだった。
あんな高齢なのに、揚げ物が大好きだったもんな。
今夜はカキフライにしよう。
祖母はカキフライでワインをやるのが好きだったっけ。



今年の龍勢2018年10月16日


今年も秩父・椋神社の例大祭「龍勢祭り」に行ってきた。
同日に行われた自衛隊観閲式と重なって悩んだ挙句、龍勢を選んだと言うわけ。
龍勢は400年以上続く祭りで、手製のロケットを高さ20メートルの櫓から打ち上げる。
木と竹で出来たそれが白煙を噴きながら300メートルも昇る姿は龍そのもの。
製法を受け継ぐ流派が複数あり、今年は25流派30本。


打ち上げ前には勇壮な口上が述べられる。
これがまたカッコよくて、ついつい見入ってしまう。
僕の生まれ育った場所には、こんな地域に根差した祭りは無いな。
僕もやってみたいな、羨ましいな、と思った。


発射櫓へ向かう龍勢の先端部。
「背負い物」と呼ばれる落下傘や唐傘などの仕掛けが付けられている。


で、発射。
轟音と白煙がもうすごい迫力。
主催者発表で9万という人たちが一斉に歓声を上げる。


上空でドカンと破裂し、背負い物がゆっくりと落ちてくる。


でももちろん、そんな成功例ばかりではなく。


発射されず筒が破裂してしまう筒っぱね。
制作者にしたら残念な結果なんだけれど、
観覧者の中にはこれを楽しみにしている人も多いんじゃないのかな。
だって、筒っぱねの時の皆の喜び様ったら。
僕も初めて見たけれど、思わずワーワーと大声を出していた。

午後になって天気が回復し、青空も見えだした。
もちろん青空を背景にこんなものが飛ぶさまは素晴らしく、写真だって沢山撮った。
ところが帰宅後、ちょっとしたミスでそれらを消失。
デジタルデータって、一瞬のミスで無くなってしまうことを再認識した。

でもあまり口惜しくはない。
写真は、あの熱気も迫力も少しも伝えていないもの。
やっぱりお祭りはその場に行かなくちゃ。
そう思った龍勢祭り。

冬が近い2018年10月20日

やりたくない仕事、と言うか会いたくない人から逃避。
職場の図書室に逃げ込んでパラパラと暦なんか見ていて気が付いた。
東京の今日の日没は17時ちょうど。
明日からそれは16時台となる。
1月24日から約9カ月続いた17時台の日没も終わり、
これからの三カ月間は特に日暮れを早く感じるだろう。

今月末には日の出も6時台になって昼時間はどんどん短くなる。
夏に80度近くあった太陽高度だって、年末には約30度にまで低くなる。
陽の力は弱く、影は濃く、夜は長くなってゆく。
それに伴い、僕の元気もなくなってゆく。

季節性情動障害を疑うほどに気持ちは落ち込み気力が萎える。
そして体重が増える。
このまま冬眠してしまうんじゃないか、とMに言われるほど家に篭ることも有る。
夏の間あれだけ通った畑も放置し、犬の散歩も最低限。
自転車通勤もせずにただ春を待つ。

僕にとっての冬ってそんな季節だ。
だからこの時期は苦手だ。
だって、冬がそこまで来ているのだもの。
今日は秋土用の入り。
土用が明けたら、いよいよ立冬。
異常と言われた今年の暑さすら懐かしい。





紅葉を見に2018年10月23日

自宅から一番近い高速道路は中央自動車道だ。
学生時代に自分の車を手に入れて以来、どこへ行くにも車。
だから自然と中央道で出掛ける事が多く、
あの頃は富士山、山梨、長野方面へよく出掛けていた。

ところが平成になった頃から首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の建設が本格化し、
それは新東名、東名、中央、関越、東北、常磐、東関東といった高速を繋ぐ事になる。
放射状に延びる高速道路を環状線で繋いだ圏央道がほぼ完成したことは、
東京西部に住む僕の行動を大きく変えた。
もう都心の首都高を経由せず、各高速道路に乗ることが出来るんだ。


よく晴れた休日。
風邪も治ったし、埼玉の畑でちょっと遊びそのまま至近の関越道・所沢ICへ。
そして圏央道を経由し、東北道へ入ろう。
圏央道って素敵。


平日だから空いてるかな、なんて言いながらMと日光を目指す。
いろは坂から中禅寺湖、奥日光へ抜けるルートが僕は大好きなんだ。
佐野SAでトイレ休憩。
佐野ラーメンの誘惑を振り切って栃木、鹿沼。
宇都宮から日光宇都宮道路。


平日とはいえ紅葉の名所、いろは坂は渋滞。
10キロほどの渋滞だけれど、それがずっと上り坂で坂道発進の連続。
マニュアルミッションのクラッチを踏む左足が怠くなって、黒髪平で休憩をした。

でも、ここで休んでよかった。
眺望がすばらしく、しばらく放心したように下界を見た。
気温は15度ほど。
風は無くカラッと乾いた空気。
バイクの人たちも、とても楽しそうにしていた。


今日はロドスタで来たのだけれど、オープンカー同士(同志?)がすれ違うと、
手を振ってくれたりもする。
コペンの人、プジョーの人、S660の人、もちろんロドスタの人。
まるでツーリング中のバイク同士が手を振りあう(今でもしているのか?)ように。

街中でそういう行為を見た事が無いから、
きっとこんな場所での非日常を共有することを楽しんでいるんだろう。
恥ずかしいけれど、手を振ってくれると少しうれしい。

ここへ来ると何時も寄るお店で蕎麦。
美味し。


湖畔で少し遊んだ。
去年も一昨年もその前も来た場所にまた来れたのが嬉しい。
この辺まで来れば、いろは坂の喧騒も遠い。
ようやくゆったりとドライブできる気分。
戦場ヶ原、奥日光湯本、金精峠。
片品村でリンゴ畑を見て、沼田城跡で真田太平記を語った。

本当なら立ち寄り湯でもしたいところだけれど、留守番の犬が心配だ。
関越道で一気jに帰るか。
18時半帰宅。
走行450キロ。 燃費は19.9km/l




自宅で炭酸水を作ること2018年10月24日



自宅で使っているソーダサイフォンの調子が悪くなった。
ソーダサイフォンとは、たとえばこんなもの
タンクに冷たい水を入れて密栓。
そこに炭酸ガスのカートリッジを捻じ込むだけで炭酸水が出来る。

僕のような酒飲みにとって、炭酸水は欠かせない。
ウイスキーも焼酎もジンもウオッカも、季節を問わず炭酸で割って飲んでいる。
ソーダサイフォンが有ればペットボトルの炭酸を買うより安く、
好きなミネラルウォータで炭酸水を作ることも出来る。
カートリッジさえ買い置きしておけば、夜中に炭酸切れで悶絶することも無い。

購入履歴を調べたら、僕がコイツを買ったのは2010年。
8年間、それこそ毎日使ってヘッド部分のバルブからガスが漏るようになってしまった。
そんなもの、修理すれば済む話だ。
ずっと同じ製品が作られ続けていて、だから補修パーツだってきっと簡単に手に入る。
でも、こんな機会に試してみたい他機種が有った。
ホームセンタで実演販売しているのを見て以来興味のあった、コイツだ


で、買ってみた。
今まで使ていた機種との一番の違いは、好みの炭酸強度で作れる点だ。
それまでのソーダサイフォンはワンショット。
一回に1リットルの水を入れ、容量8gの使い捨て炭酸カートリッジを捻じ込んで作る。
だから炭酸強度を加減することが出来なかった。

新しく買ったソーダストリームには、今までより大きなボンベを接続する。
ボンベには410gの二酸化炭素が入っていて、60リットルの炭酸水が作れるという。
これを好みの濃度で水に溶解させる。
微炭酸なら炭酸注入ボタンを1回、強炭酸が欲しいなら5回押すというように。

酒を割る時は強炭酸が欲しくなる。
炭酸水を単体で飲むのと違い、酒を割るための炭酸だからだ。
普通の炭酸では酒や氷で薄くなり気が抜けて「水割り」になってしまう。
だから強炭酸。
その点で、今まで使っていた日本炭酸瓦斯製のソーダサイフォンは物足りなくもあった。


暫く使ってみて、ソーダストリームの長所と短所が解って来た。
最大の長所は上記のように好みの強さで炭酸水を作れることだ。
そして操作が簡単である。 
今までのように毎度炭酸のカートリッジを捻じ込む必要が無い。
容量の大きなボンベを接続しっぱなしだからだ。

毎度カートリッジを付ける必要が無ければ、毎回あの音を聞かなくても済む。
カートリッジを捻じ込む時のプシュッという大きな音は軽い恐怖を感じる。
Mなどいまだに顔をしかめながら捻じ込んでいたもの。

ボンベの交換費用は2千円だから、ガス代は炭酸水1リットル当たり33円となる。
今までのカートリッジは120本1万円弱だっかたら、ガス代はリッター80円強か。
まあ、僕のように強炭酸を作りたくてプシュプシュと炭酸注入ボタンを押していたら、
一本のタンクで60リットルの炭酸など到底できないだろう。
それでも今までの機種よりコストが安くなることは間違いないだろう。


短所としてはまず、炭酸ボンベの取り扱いが少し面倒だ。
今までのように、空カートリッジを捨てる事は出来ない。
空になったボンベを取扱店に持参し、新しいボンベを受け取るのだ。
新しいボンベは持参した空ボンベと同数しか買う事が出来ない。
ボンベの所有権はメーカーにあり、使用者は中身の二酸化炭素を買うという事だ。

作った炭酸水の気が抜けるのが早いのも短所か。
それまで使っていたソーダサイフォンは気密性が素晴らしく、
一度作った炭酸水は翌日も翌々日も発泡していた。
新しいソーダストリームは、作った炭酸水は簡便な蓋つき瓶に入れるだけ。
だから保存などできず、作った炭酸水は使い切る必要がある。
作るのが少し面倒だけど、保存の出来る日本炭酸瓦斯製。
作るのは簡単だけど、すぐ使い切りたいのがソーダストリーム。


買ってはみたけれど、その後使用頻度の低くなる機器は多い。
僕など衝動買いの癖が有るので、特にキッチン家電にその傾向が有る。
嗚呼ホットサンドメーカー。 嗚呼ホームベーカリー。 嗚呼ミルクフォーマー。 
でも、炭酸水製造機は欠かすことが出来ないもの。
酒だけじゃなく、風呂上りや起き抜けに飲む炭酸は美味い。
これだけは、これからもずっと使い続ける。



犬の夜鳴き2018年10月27日

この頃、犬の夜鳴きが続く。
夜驚(やきょう)症とは違うのだろうけど、夜中に突然起きだして暫く鳴いている。
悲しげに、子犬のような声で、何かを探すように鳴く。
何か夢でも見て目が覚めるのだろうか。
夜になると寂しくなるのだろうか。
それとも、痴呆の症状か。

そんな15歳の犬を、宥め落ち着かせ寝かしつける。
この頃、夜中にそんな事で起きていることも多い。
父が可愛がり、父が居なくなってからは母が溺愛した犬。
そして母も居なくなり、今では僕の家で過ごしている。
飼い主が居なくなるたび、食欲を無くし痩せ細った犬だ。
すっかり老いてしまったけれど、どうか最晩年を居心地よく過ごしてほしい。
この犬を見ていると、亡くなった両親を思い出す。


季節がまた進み、趣味の畑では植え付けや種まき作業はそろそろ終わり。
昨日は最後の種まきとして三つ葉を蒔いた。
陽の短くなるこれから、平日の畑作業はヘッドランプを点けて行うことになる。
自宅では菜花、春菊、小松菜、小ネギ、リーフレタスが発芽済み。
それらの世話を、仕事から帰ってヘッドランプで行うのだから好きモノだと思う。

自宅の畑はこれからの季節、陽当たりが悪く作物の生育は悪い。
だったら日当たりの良い埼玉の畑で作ればいいのだ。
でも、目の前で野菜が育つのを見るのが楽しくてつい植えてしまう。
出勤前のひと時でも、そんなものを見ると元気が出るんだ。