来週は立秋2019年08月01日

6月22日の夏至の日に、東京の昼時間は14時間35分あった。
そして小暑が過ぎ大暑も越え、またカレンダーを捲って来週はもう立秋。
どうりで日の入りが早くなったと感じるはずだ。
あの頃に比べ、昼時間は40分近くも短くなっていたんだ。


それでも、地上の暑さは本番を迎えたばかり。
ニュースによれば、東京は7日間連続の熱帯夜。
そして朝7時8分にはすでに30度を超えたという。
「涼しいうちに宿題を済ませましょう」が合い言葉だった夏休みの勉強時間。
エアコンが無くても過ごせた子供時代の夏が懐かしい。

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今期の畑の覚書。
梅雨の日照不足でキュウリ、ナスへの被害が大きい。
キュウリのうどん粉病、ナスの害虫被害は記憶にないほど酷い。
同様に枝豆はほぼ収穫できず。
ピーマン、トマト、里芋は順調。
特にトマトの甘さはとても記録的な日照不足の元で育ったものとは思えぬ。
落花生は成長悪いが、これからに期待できるか。

野菜が上手く育たないと、畑から足が遠のく。
自宅の畑は毎日見回るけれど、埼玉に借りている畑に行くのが億劫になる。
そしてますます畑は荒れ、雑草だらけとなってゆく。
それが嫌で先日は草むしりを頑張った。
でもあの高温多湿下での草むしりは、趣味とは言え厳しいものだ。
まあそれも好きでやっている事なのだが。

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先日の受診で、高脂血症を指摘され服薬を勧められた。
去年秋の人間ドック、その後数回の採血でも常に脂質異常が認められる。
何でも遺伝のせいにするのは良くないが、我が家の男連中は全員がそれだ。
高脂血症、痛風、そして高血圧。
嗚呼、いやだいやだ。

血圧が高めなことを気にして、この頃は日常生活にも気をつけていた。
なるべく動くようにし、酒の量も少しは控えていた。
それでも体重は落ちず、中性脂肪は高値安定。
やはり代謝の良い若い頃のようにはゆかない。
体重50キロ台だったあの頃に戻れはしないが、せめてもう少しシャキッとしたい。
老眼、血圧、中性脂肪。
気をつけないと次は痛風がくるかもしれない。




奥多摩へ散歩に2019年08月03日

35度以上の酷暑から逃げようと、Mと二人で西へ行く。
五日市街道、横田基地、国道16号。
五日市線終点の武蔵五日市駅を過ぎた頃から、緑が濃くなり蝉が煩いほど。




少し川で遊び、少し散歩をし、酒蔵を見て、また走り出す。
この辺りに来ると必ず寄るお店でラーメン。
手打ちの麺と、野菜の甘みが出た汁が美味い。

その先の日帰り温泉で伸び、少しだけ昼寝をした。
夏休み期間だというのに人は疎らで、バイクの人と山登りの人が数人。
とても静かだ。
この辺は古い集落で、兜造りの家がまだ数軒残っている。
その建物を旅館としているところも有り、いつか機会を作って是非泊まってみたい。




また走り出す。
この先はかつてバイクの聖地と呼ばれ、バイク乗りだった僕とMはよく知る道だ。
ぐんぐん上り標高1000メートルを超えたあたりで、ザっと通り雨。
それもあっという間に止んで、気温が一気に5度も下がる。
屋根を開け、速いバイクに先を譲りながら走る。
やっぱりこの道は気分が良いや。




どうしても撮ってしまうこの看板。
「けがをしますと病院に収容されるまで約2時間かかります」

僕の時は4時間かかった。
その後半年入院し更に半年リハビリしたけれど、腕に重い障害を残した。
もう30年も前の話だけれど。
それでもなお、今こうしてここで走るバイクを見ると気持ちがザワザワする。

楽しそうだな。
どうか、コケないで。
無事に帰って。

暑い日に渋滞にハマる2019年08月09日

立秋も過ぎた。
でも朝から陽射しはやる気満々で、8時にはすでに30度を越えた。
暑い暑いと文句を言ったって、やっぱり夏は好き。
平日、仕事休み、晴れ、暑い。
この組み合わせは、今期あと何度あるか解らない。
だから、一回だって無駄には出来ないんだ。

山梨に桃狩りに行こうと、Mと家を出た。
しかし、中央自動車道は日野バス停の事故で大渋滞。

それなら国道20号で高尾にでも行こうか。 
でも中央道の渋滞のあおりでそこも全く動かず。

だったら圏央道に逃げて秩父にするか。
するとそれも青梅トンネルの事故で30キロ繋がっているという。

じゃ鎌倉街道から129号に抜けて江の島に行くか。
なんとその129号、橋本五差路で車が信号に突っ込んで通行止め。
その影響で16号も大渋滞。

ナビの地図はどこも渋滞を表す赤い線で上書きされている。
そしてその中心に、いま自分たちは居る。
渋滞に囲まれちまった。
いくら夏休みの人が多いと言ったって、なんでそんなに事故ばかりなんだ。

車外温度計は38度。
周りは渋滞の車で埋め尽くされている。
もうどこかへ行くのではなく、ただこの場から抜け出したい。
家を出て3時間。
トイレも行きたいし喉も乾いた。
少しでも車の少ない方へ。
少しでも流れる方へ。

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そんな風にして混雑から這い出し、相模川方面に出た。
車を停めてコンビニで用を済ませ、お茶を買って河川敷を散歩。
むこうに丹沢山塊の、いつか歩いた山が見える。
入道雲、ヒマワリ、煩いほどの蝉、むせ返るような暑さ。
ああ、これこれ、と思う。
思いがけず僕の好きな夏の景色を見つけることが出来た。


河で涼んで生き返って、走りなれた412号線に出た。
車と人の少ない場所に行こう。
その先は宮ケ瀬湖と宮ケ瀬ダム。
幅375メートルで高さは156メートルの、国内でも屈指の大きなダムとの説明が有った。


下から見上げると、まさに巨大。
その躯体内の通路は寒いほどだ。
週に1、2度、時間を定めて放水する。
観光放水と言うけれど僕らが見た回は人も多くなく、もっと宣伝すれば良いのにと思う。

いや、今日は暑すぎてここまで来ないのかな。
駐車場脇の公園は子供たちがたくさん遊んでいたけれど、
ここまでは徒歩20分かかるから。


40分ほど時間を潰し、毎秒30トンの放水を見た。
轟音と水煙と冷気。
爽快だ。

そして家路へ。
今日はどこへ向かっても事故渋滞。
もうウンザリだよ、と話しながら運転した。
そして、自宅近くの五日市街道でまた大渋滞。
やがて警官が来て、この先で火災が有り通行止めだという。

でもそれが、僕ら行きつけのステーキ屋さんの火事だと知って、呆然とした。
あのお店が火事だって。
また近々行こうと言っていたのに。

渋滞と夏の景色と驚きと。
家に帰ったらワンコがエアコンの入った部屋でイビキをかいて眠っていた。

迎え火を焚きに2019年08月13日

今年もまた、盆の入りに母の実家へ行く。
海辺で迎え火を焚き、墓参をするその数時間の為に、
渋滞の高速道路を走った。


高井戸から首都高新宿線に乗ってすぐ。
この尖塔のようなドコモタワーが好きだ。
ビルの機能は下半分で、上部はアンテナになっているらしい。
一般公開はしていないのだろうな。
都内有数の高さを誇るビル。 登ってみたいな。


この時期このルートでは渋滞は必至。
だからレヴォーグで行った。
自動運転と言うにはまだ遠いけれど、運転支援は進歩している。
設定した車間を保って前車について行ってくれるし、
条件さえ整えば白線を認識し車線の中央を維持して走るようになっている。
流れる高速は勿論、渋滞時の疲労軽減にはとても役に立つ。
ハンドルに軽く手を添え、前を見ているだけでいい。

ただそれが運転の楽しさとは別次元なのは当然だ。
渋滞が無いのなら、ロードスターの方が良いに決まってる。


巨大な台風10号の影響で、晴れ時々豪雨。
この橋から見る海にも白波が立っている。

渋滞を抜け、周囲の車もみなアクセルを踏む。
そして右車線を飛ばしていった車の後を地味なセダンが続く。
それはもちろん覆面パトで、赤色灯が灯って御用となった。
このルートは覆面が多い。
要注意だ。


雲が綺麗。
ラジオはもう入らず、USBに落としてきた朗読を流す。
NHKの「ラジオ文芸館」
重松清の「みぞれ」を聴いた。


ヤシの木の並木。
ここまで来たら、もう着いたも同然。


稲が少し色付いてきている。
もう耕作する人も無く、人に貸している田。
エアコンの効いた車内から出ると、メガネが曇った。
圧倒的な温度と湿度。
そして堆肥やら潮やらいろいろなものの匂いが混ざって、ああ帰って来たなと思わせる。


僕はここで、子供時代の夏を過ごした。
小児喘息に海風が良いと信じた両親の方針で、
夏休みの殆どをこの地で暮らしたから。

海での遊び方も、畑での野菜作りもここで教わった。
釣りをし、ディンギーに乗り、岩場で潜り、畑でスイカを食らい、星を見た。
大家族で、周囲にも同じ年頃の従兄弟が何人もいた。
毎日が楽しくて、東京に帰る日は泣いたっけ。


92歳の伯母がちらし寿司を作って待っていてくれた。
あの大家族だった家には、この伯母と数匹の猫が居るだけだ。
話すのは昔の事ばかり。
でも、両親共に居なくなった今、僕の子供時代を知る数少ない人たち。

89歳の伯母と87歳の伯父を訪ねる。
皆、驚くほどに歳をとった。
当たり前だ。
僕がここで夏を過ごしていた頃からもう40年以上も経つんだから。

土地は有るのだから、家を建てて住めばいいと言われる。
畑が好きなら、耕す場所はいくらでも有ると言われる。
それも良いな、など言ってみる。
もちろんそんな事が出来るなんて僕も、向こうだって思ってやしない。
でもいつか。
仕事を止めて隠居したら、ここに暮らしてみたい。
その頃は、僕を知る人はもう誰も居ないだろう。
でもここは、僕にとって今はもう失くしてしまった実家のようなものなんだ。




夏の終わり2019年08月23日



処暑は過ぎた。
昼時間もだいぶ短くなってきた。
日除けの朝顔棚にはもう花が少ない。
母の写真にススキを供えた。

梅雨明け後、一気にやって来た暑さが衰えはじめる。
これから日増しに陽は傾いてゆく。
夏が終わろうとしているんだ。
毎年繰り返す、この時期の寂しさ。
夏なんて以前ほど好きじゃない。
でもやはり、それが果てるのを惜しむ。

夏野菜の収穫も終盤で、そろそろ秋の植え付け準備をはじめる。
毎日数個も食べたトマトもキュウリも盛りを過ぎた。
朝夕と少し涼しくなれば、自転車通勤も再開できる。
犬も散歩を楽しめるだろう。

この頃は残業も殆どせず、公休も消化するようになった。
休日出勤も減ったし、夜間の呼び出しも回避している。
以前に比べ、労働時間はかなり減っている。
そしてその分、自宅で家事をしていることが多い。
月の三分の二ほどを僕の家で過ごすMの為に食事を作ったり、
庭の草むしりやら、掃除洗濯やら。

家事に終わりはなく、そして自分がそれを嫌いでないことを再認識する。
家を綺麗に保つことに喜びを感じ、少し時間が有れば片付け物などしている。
仕事に疲れたわけではなく、何かを悟った訳でも達観したのでもない。
何か心境に変化でも有ったかな。
と思ってみても解らない。
ただ以前のように昼も夜も仕事をし休日も職場に居る事をしなくなった。
それで良いや、と思っている。