秋作キュウリと春菊2018年08月21日

二つの台風が南海上から西日本へ向かっている。
そしてもちろん、その台風は南の湿った空気を引き連れている。
その影響で、また蒸し暑さが戻るようだ。
残暑も厳しい今年の夏。
数日だけだった秋の気配は、またどこかへ隠れてしまったか。

日曜日に苦労して、自宅の畑の草むしり。
夏の後半から荒らしてしまったそこには、
45リットルのゴミ袋9袋分の雑草が生えていた。
いつもならもう少し頑張ってくれる夏野菜も今年はおしまい。
それら残滓も片づけて、畑をさっぱりと整理した。

跡地に残ったのは、モロヘイヤ、ショウガ、アスパラ、ナス。
空いた場所に秋作のキュウリ苗、モロッコと小ネギと春菊の種。
あとはサラダミックスと称する葉物の種をまいた。
大根やキャベツは埼玉の畑で作るから、自宅ではあと菜花の種をまくくらいか。
今年も沢山の夏野菜を成らせてくれた土を、少しは休ませてやらないと。

さっぱりした畑をしばらく見ていた。
作業前は面倒に感じた草むしり。
でも、自宅の畑がきれいになっていると本当に気持ちの良いものだ。
いつもこうじゃなきゃダメなんだよな。
畑に草生やすなんて、祖母が生きていたら大目玉だったろう。
僕の作業をずっと見ていた犬も、なんだか満足そうに見えた。




明日は草むしり2018年08月18日

乾いた北の空気が日本の上空に流れ込んできた。
17日は7月8日以来40日ぶりに35度以上を記録した観測点が無い
猛暑日ゼロの日になったという。
今後また、太平洋高気圧の張り出しにより気温は上がるという。
それでもそれは夏の名残りであって本物の暑さじゃない。
そう信じたい。


健康被害を心配するほどの暑い夏。
それでも意地になって、埼玉に借りている畑は管理した。
雑草も刈ったし、作物の世話もした。
暑さと少雨の影響かスイカの出来と甘さは過去最高。
大玉のスイカを幾つ消費した事か。
日当たりの良さと自宅よりずっと広い面積が嬉しいその畑。
秋には大根の種もまくし、もう少ししたら落花生も収穫だ。

それに比べ今期、自宅の畑は荒らしてしまった。
少ない休日のたびに埼玉へ行ってしまうもので、どうしても疎かになってしまう。
トマトの収穫が終わりキュウリもそろそろかという今、そこは雑草だらけ。
枝豆は雑草に埋まり、小ネギもショウガもどこにあるのか。

自宅の畑をここまで荒らしたのは初めてで、
それだけ今年の夏が厳しかったというのはただの言い訳。
もう少しの猶予もならぬと、明日の日曜は一日かけて自宅畑の手入れだ。
終わった夏野菜を撤収し、雑草を抜き、秋作の準備をしよう。

普段仕事をしている時よりも、晴れた日曜の方が疲れる。
でも仕事上の疲れと違い、それは心地の良い疲れなのだ。
きっと明日の夜、クタクタでビールを飲むだろう。
でも何も消耗していない。
むしろ平日のストレスから解放され生き返っているかもしれない。





陽が短くなったこと2018年08月15日

母の実家に行ったとき、海辺にずっと車を停めていた。
海は荒れていた。
風に舞った波が潮の結晶となり、車体でキラキラ光っている。
キレイ、なんて言ってられない。
はやく洗ってやらないと。

昨日、職場から早めに帰り自宅で車を洗った。
でも作業が終わる前に日没。
もうこんな時間に暗くなるのか。
いつの間に、こんなに陽が短くなったのか。

調べると、東京の日没は18時33分。
この一月で30分近くも早くなっているんだ。
昼時間も約1時間短くなった。
太陽高度は低くなり、影が長くなる。
嗚呼、季節が移ろう。

予報では週後半の雨の後、上空に冷たい空気が流れ込んでくる。
記憶に残る今年の酷暑も先が見えたろうか。
平成最後の夏、という言葉を耳にする。
平成元年は1989年。
僕が社会人になったのは1991年だから、
まだまだ学生時代がずっと続くと勘違いしていたあの頃だ。
あれから30年近くが経って、僕の回りから多くのものが喪失していった。
これだけのものを亡くし、僕には何が残っているだろう。
そんなことを思う平成最後の夏。




2018年08月14日


母の実家の海の街。
長い渋滞を抜け、迎え火を焚きに行った。
線香や海の匂い、夏の暑さや蝉の声。
そんなものが一体となって、子供の頃からの盆行事の記憶につながる。
それは懐かしくて寂しくて、でも年に一度自分の属する世界を見据える作業でもある。
今年もまた、それが出来る事が嬉しい。

この一年でとても衰えてしまった伯母に触れる。
当地からまた人が出て、空き家が増えたことを聞く。
以前まで耕されていた畑が原野に戻ろうとしているのを見る。
相変わらず、海に遊ぶ人は居ない。

高齢化と後継不足と人口減少と荒れる田畑。
それらを間近に見て触れて、焦りを感じる。
何とかしなければと思うけれど、でも何が出来るのか。
都会が肥大するほどに、地方のこんな街は痩せてゆくんだ。

土産をたくさん車に積み込んで、バイバイ。
Mと老犬の待つ家へ、また渋滞の高速で帰ろう。


昼酒が上手く楽しめないこと2018年08月09日

台風が房総東岸を抜けた。
これが冷たい空気を巻き込み涼しくなるかと思ったら、
まだ暑い日が続くと天気予報は言う。
でも、短い夏は確実に終わりへと向かっている。
盆が過ぎれば処暑。
友人が残していった線香花火で夏を送ろうか。

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昨日はMと、秩父の低山歩きをするつもりだった。
しかし台風による荒天。
それじゃ仕方がない、家に篭ろうか。
ピザとビールとDVDで怠惰に過ごそう。

宅配ピザって割高な気がして、最近は食べていなかった。
でも届けてもらうんじゃなく買いに行けば得なのか。
二枚目無料とか、一枚なら千円引きとか。
知らぬ間にそんな事になっていたんだ。
昼間からピザと酒だなんて、退廃的なワクワク感があるな。

ゴロゴロしながらDVDで映画を二本見た。
そしてビールを2リットルとワインを一本。
で、寝落ち。 起きたら20時。

昼酒って自分には合わない事を再確認した。
夜の酒と違って時間に余裕があるだけに、つい飲み過ぎてしまう。
そしてその後の自分が使い物にならない。
犬の散歩もMに任せ、風呂にも入らず、ただゴロゴロと過ごす夜。
貴重な休日が過ぎてゆく。
明日は早出。



夏も終盤2018年08月06日

広島忌。
そして明日は立秋。
台風13号が関東へ向かって流れてきている。
今週中ごろは大荒れになるかもしれない。
それを境に、一気に季節が変わるだろうか。
それともまだ猛暑が続くのか。


僕にとっての夏はもう大半が往ってしまった。
夏野菜の収穫はそろそろおしまい。
花火大会も、月遅れの七夕祭りも終わった。
帰国していた幼馴染もあの国へ戻っていった。


残すは晩夏の海で盆の迎え火を焚くくらいか。
母が居なくなってから、母の実家へ迎え火を炊きに行く。
その火に迎え入れられて、母も帰って来るだろうか。

来月には、父が逝って10回目の命日が来る。
幼馴染の家に行ってご両親と話をすると、必ず僕の親の思い出話をしてくれる。
昔はよく釣りに行ったね、とか。
花壇の手入れが好きだったね、とか。
まだ、その辺でばったり会えそうな気がするわ、とか。
家族ぐるみだった小学校時代の付き合いが、今になっては宝物のように思える。

職場ではそろそろ長い休みを取る人が出てきた。
一週間とか10日とかの夏休みって世間では普通なのだろうか。
そんな贅沢をしてみたいけれど、休んでも行くところ無いしな。
今は老犬が心配で、泊りがけの旅行などで考えられない。

鹿島神宮、香取神宮2018年08月01日

仕事は休みの火曜日。
朝から暑い。
海の方へドライブしようか、などMと話す。
伊豆箱根方面は行ったばかりだし、江の島は暑そうだし。
久しぶりに犬吠にでも行ってみようか。
そんな感じで走り出した。

混んだ首都高に上がる。
渋滞は嫌いだけれど、ノロノロ運転だと下界を見下ろす楽しみがある。
首都高から見る都心は素敵だな、と思う。
4号新宿線から環状線、9号深川線、湾岸線、東関東自動車道へと乗り継いだ。


そういえばテレビで見たけど鹿島神宮が良いところだった、とMが言う。
鹿島だったら潮来ICで降りたらすぐじゃないか。
犬吠埼をやめて鹿島神宮にしようか、と予定を変更した。
高井戸から潮来まで100キロ強。 1時間半。
意外と近いんだな。

広大な田ではもう早稲が頭を垂れていて、稲刈りも近そう。
こういう広い場所を歩くと深呼吸したくなる。
きっと普段、俯いて歩いてばかりいるからだ。


潮来から長大な橋で鰐川を渡れば鹿島。
その橋から水上に立つ鳥居が見えたので行ってみる。
鹿島神宮・西の一の鳥居。
かつて参拝者の船着き場が有った場所で、水上鳥居として日本最大級とのこと。


日本屈指の歴史(2600年?)と格式を誇る鹿島神宮。
元あったこの鳥居は東日本大震災で倒壊。
境内の杉を使い3年後に再建されたのが現在の鳥居。


境内は広大で静謐。
楼門、本殿、さざれ石、奥宮、要石、御手洗池。
ずいぶん時間をかけ歩いて回った。
暑いはずなのに、巨木の森に囲まれた空気が清々しい。
最後に御朱印を頂き、おみくじをひいた。


潮来を抜けて佐原まできた。
この辺は鰻が名物で、有名店が立ち並ぶ。
目当ての店は臨時休業。
川沿いの小さな店に入ってみたけれど、ここの鰻は最高に美味かった。


川沿いを道を少し散歩した。
利根川水運の街として栄えた名残りの古い商家が並ぶ。
とても気持ちの良い場所で、でも暑さに負けて退散。
今度はアヤメの季節にでも来てみよう。


香取神宮。
武神、荒ぶる魂と言われる鹿島神宮と香取神宮は対を成し関東を護る。
境内はセミの大合唱。
平日のせいか参拝者も少なく、とても神秘的な場所だった。

Mはずいぶん熱心にお参りしていたけれど、何か思うところが有ったんだろうか。
勝負や前に進む力に対し御利益が有ると聞いたけれど。
僕も御朱印を頂いた。
勝負はあまり興味がないけれど前に進む力が湧くと良いな、と思う。
まあ、自分で努力せよという事なんだが。


雑草のこと2018年07月30日

奇妙な軌跡を曳いた台風12号が大雨をもたらした。
それは畑にとって恵みの雨であると同時に、雑草にとっても慈雨となる。
昨日、畑を見回りに行きそれを実感した。
雨降りを待っていた雑草の種たちが、たった一日で一斉に発芽をはじめていたのだ。

その生命力に感嘆し、しばらく見入ってしまった。
結局はむしってしまう草だけれど、子孫を残そうという執念には感動を与えられる。
野菜作りを趣味とすると雑草をまるで敵や仇のように感じる事が有る。
でも雑草の力って、本当に凄いものだ。


その畑の隅に植えたヒマワリ。
黄色のヒマワリと白い入道雲の組み合わせは完璧だ。
うるさいほどのセミ、麦わら帽子、蚊取り線香の匂い。
でももうすぐに立秋が来てお盆。
8月も下旬となればイワシ雲、そして赤とんぼ。
そんな短い夏を想えば、今の暑さも愛おしい。


仕事はずっと低調。
やる気が湧いてくるのを待っているけれど、そんなモノはもう霧散してしまったか。
あと何年、今の仕事を続けるのかなと思うことが有る。
嫌いな仕事じゃないけれど、なんだかすっかり疲れてしまった。


昨夜も飲みに行ったけど2018年07月25日

海外に住む古い友人が、2週間ほど帰国中だ。
今時、海外だろうが殆どリアルタイムで交流できる。
電話だって文字のやり取りだって、躊躇なく連絡しあっていた。
だから遠くに住んでいるという実感は希薄だったかもしれない。

でも、やっぱり違うのだ。
幼馴染の奴が、歩いて行ける距離に居る嬉しさは他に替え難い。
昼、僕の畑に入って勝手にトマトを食ってゆく。
夜、サンダルつっかけてやって来る。 そしてビールでも飲みに行こうぜ、と言う。
小学校の頃と変わらない顔で、あの頃と変わらない歩き方で。

特別何をする訳でなくても、幼馴染との時間は心地いい。
互いに子供の頃とは生き方も考え方も変わった筈なのに、
なぜこれほど違和感がないのか。
奴は米国の大学に雇われていて、僕には理解できないほどの苦労もしているようだ。
でもそんな事を愚痴る訳でもなく僕の犬をからかい、車を愛で、畑で遊ぶ。

そしてそんな奴を見ると、僕だってもう少しだけ何とかしようかと思えてくる。
ここ数年、意欲とか希望とか向上心とかを忘れてしまった気がする。
そんな大仰なものでなくても、もう少し前を向こうかという気になって来る。
たとえその時だけの感情だとしても。
僕にもまだそんな気持ちの残渣が残っているのだと気づかされるんだ。




東京で40度超え2018年07月23日



庭の野菜も夏バテ気味。
勢いが衰えて、毎日の収穫はこのくらい。
早朝、畑を見回りながらもぎ取ったトマトを食らう。
生温かいトマトが最高に美味い。

朝メシは味噌を付けたキュウリ。
発汗分の塩分を補うために、遠慮なく味噌を付ける。

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大暑。
二十四節季は日本の実際の季節に少し先行するものだけれど、
今年はまさに暑さの山場を迎えている。
朝7時に職場入りした時の気温はすでに31度。
9時のそれは35度。
昼には38度、13時には青梅で都内初の40度超えを記録した。
もうこれ以上の暑さは到底許容できないところまできた。
もう無理だ。
屋外に居る事がすでに危険な温度だなんて信じがたい。

先が見えない暑さだけれど、天上の世界では季節が動き始めた。
最も昼が長かった頃に比べ、日の出時刻は17分遅くなり、日没は8分早くなっている。
太陽高度も数度低くなり影が長くなってきている。
二十四節季では大暑の次はもう立秋。
もう少しの辛抱だと信じて、この酷暑を乗り切りたい。