本が読める2019年01月20日

この時期、仕事でインフルエンザの人と接することが多い。
目の前で咳き込まれたり、くしゃみをされたりも日常の事。
だから、自分の検査を毎日欠かさない。
インフルエンザに掛かっていても発熱しない場合もあるから、症状が無くても繰り返す。

17日異常なし。
18日異常なし、しかし夜から寒気。 熱が乱高下し、36度から37.8度。
そして19日の朝、うっすらと陽性反応あり。
その時点ですぐに抗インフルエンザ薬を服用。
これは新薬で、一回の経口投与でウイルスの増殖を抑えるとされる。

その後、発熱咳共にほとんどなく、少し頭が痛いくらい。
でも職場の決まりで5日間は休まねばならぬ。
親が亡くなろうが盆暮れだろうが、連休をとってもちょっと顔を出すことが多い。
完全な連休って、インフルか自分がオペした時くらいか。

こうしている間も仕事はたまり、誰かが替わってくれる訳ではない。
休み明けの自分が辛くなるだけなんだ。
でも数年ぶりのこんな機会、それを考えても仕方がない。
幸い具合はそれほど悪くないのだし、本を読んでゆっくり過ごすことにしよう。


昨日は左を読み、それが素晴らしかったので同じ作者の右を朝から読んでいる。
こんな読書に没頭できるなんて何年ぶりだろう。
食料の備蓄もあるし、次の出勤日まで家に閉じこもり本の世界に籠る予定。
買ったままで積んである本が20冊も溜まっているんだ。

1月15日2019年01月15日

朝まだ暗い時間に犬との散歩から帰り、お茶を入れる。
今日は早くに出勤するけれど、それでもまだ家を出るまで1時間。
新聞など流し読みし、そして今日が祖母の命日だと気が付いた。
2001年の今日、祖母は100歳で逝った。

あの年、ずっと病院の個室に付き添っていたっけ。
でもあの日の朝、僕は他院へ入院し最後に立ち会えなかった。
僕の顎に出来ていた顎下腺腫はもう待ったなしの状態で、
その手術の日程を変えることが出来なかったからだ。

あの日までの僕や我が家と、それ以降のそれは全く違うものになったな。
祖母が趣味で作っていた家庭菜園は相続で失くした。
僕が大好きだったあの古い家も賃貸住宅に変わった。
祖父母が植え大木になっていた樹もみな切り倒してしまった。

この18年の間に父も母も居なくなり、僕は実家も無くし小さな家を建てた。
そしてMが月の半分ほどをこの家で過ごし、Mの子もたまにやって来る。
そりゃ18年も有れば色々な事が変わる。
僕だってすっかり歳をとった。
でも祖母との暮らしも、教わった事も少しも忘れはしない。


今の時期、食べても食べても畑の大根を食べ切れない。
毎年もっと少なく種を蒔こうと思うけれど、借りている畑が広すぎてつい作ってしまう。
食べ切れない分はこうして干すのだ。
切り干し大根と言うには大きすぎるし、凍み大根と言うには東京の冬は暖かだ。
だから何と呼べばいいのか解らないけれど、毎年これを作っている。

干しあがった大根を出汁で戻し、ニシンや豚バラで炊く。
その美味いことよ。
これも祖母に教わった数えきれない事の一つ。
僕とって祖母の存在は本当に大きなものだったと改めて思う。
今夜はそんな祖母の好きだったカキフライを作った。


初雪2019年01月12日

小寒と大寒の間。
まさに寒中にあって都心は今日が初雪。
昼過ぎ、職場中庭を散歩した時の気温は4度。
暖冬と言うけれど、ようやく冬らしい痛いような寒さがやって来た。

しかし大寒の次は立春。
朝まだ暗い時間に犬と散歩をしていると、春が遠くないことを実感する。
だって、夜明け前の天は春の星座が満開だもの。
明けのビーナスが華を添える今は尚のこと春が近く思える。
昨日靖国で見た桜の蕾はまだまだ硬かったけれど。

立春の前日が季節を分けるという意味の節分。
その日に食べるとされるのが恵方巻。
今年もお店ではその予約合戦がはじまっているし、
2月に入ればあの太巻きが山と積まれるだろう。
そのお祭り騒ぎを、少し離れたところから面白おかしく眺めている。
恵方巻なんて言葉、ちょっと前までは知らなかった。
もっとその由来や歴史を伴った宣伝をすればいいのに。

血圧が上がってきました!とか、
小さな字が見難くなってきました!とか、
腰痛が治りません!とか、
歯が!とか、体重が!とか、物忘れが!とか。
もうビックリマークばかりの毎日。
50年以上も生きていると、体の老化はやむを得ない。
でもここ数年、急速にそれを感じるようになった。
そう言えば明日は僕の誕生日だった。
52年も前に母が産んでくれた体を大切に使わなくっちゃ。

散歩2019年01月09日



3日に今年の仕事をはじめてから、休んでいない。
明日も出勤だから8日連続出勤後、金曜日にようやくの休日。
その日もMのお母さんの病院付き添いだから休日と言えるかどうか。

まあ、その程度のことで特別忙しいという訳ではないけれど。
職場と家の往復、そして風呂、飯、睡眠。
そんな毎日の中で、犬との散歩が楽しみだ。
今の時期、朝も夕も暗い中を歩く。
寒い中をトボトボ歩く。
それもまたよし。


懐かしいこと2019年01月05日

冬至は12月22日で、そのころ東京の昼時間は9時間45分しかなかった。
あれから2週間が経って、今日の昼時間は9時間51分だ。
これから加速をつけて昼時間は長くなり続ける。
6月下旬の夏至まで、昼は成長を続けるんだ。

そうして毎年変わらず季節が巡る。
そのようにして、また一年を歩んでゆく。


まだ1月5日だというのに、正月など本当に越したのかといった気分。
お祭り騒ぎの名残りなど欲しくはないが、この変わり身の早さは凄い。
ルーチン、会議、出張り、講師、またルーチン。
忙しさは嫌いではないけれど、年末の慌ただしさも終わらぬうちにまた走りまわる。
もう嵐のよう。
その渦の中で、みんな強いな、と思う。
自分がいつか脱落し、あのセリフを吐くことを想像する。
「パトラッシュ、僕も疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ。」


Mはまた夜勤が続いている。
その合間に、実家に通い母親の介護。
そんなMの苦労話を聞きながら、あの頃のことを思い出す。
僕が実母の介護をしていたのはもう5年前。
あの頃、この苦労や悲しさがやがて後悔でなはく懐かしさに変わるように。
それだけを願って今を耐えようと思っていた。

そして5年。
いつの間にか、悲しさは懐かしさに変わろうとしている。
母の介護をしていたあの頃が懐かしい。
なんて懐かしいんだろう。





1月2日2019年01月02日



夜明け前の月と金星。
月は月齢26で、1月6日に新月となり生まれ変わる。
神道の思想「常若」では正月は人間をも生まれ変わる日とされる。
生まれ変わり、とまではいかなくても新しい年に多少でも希望を持ちたい。
去年より、少しでマトモな人間になれるよう頑張ろう。

MとMの娘はそれぞれの家や職場へ帰って行った。
数日間ずっと騒いでいたテレビを消した。
しんと静まった家でボンヤリとする。
一人だと、この家は本当に静かだ。

賑やかで楽しい年越しだったけれど、この静かさに少しホッともしている。
明日からは僕も仕事。
また日常が戻ってくるんだ。
今年もよろしくお願いいたします。



ラーメン納め2018年12月29日

仕事に行き詰って、どうしようもなくなって、冷や汗をかいて。
そんな夢に苦しんでいた午前4時、犬に起こされた。
歳とってだいぶ衰えたけれど、オシッコしたいよ、と教えてくれる。
そんな老犬と散歩に出て、夜明け前の素晴らしい星空を見た。

冬の星座は西へ傾き、明け方の天上はもう春。
獅子座が南中し、レグルスとスピカの間に下弦の月。
そして素晴らしい金星の輝き。
犬が起こしてくれなかったら、まだ悪夢に苦しんでいただろう。
だんだんと明けの気配を帯びてくる空を見ながら、ぐるっと駅前まで歩いた。

出勤は6時半。
車のラジオはこの冬一番の強い寒気が流れ込んでいること。
都心は今期最初の冬日となったことを告げている。
職場は相変わらず騒々しい。
この職場は年中無休で24時間動いているからだ。
正月期間も出勤する人たちと打ち合わせ。
インフルエンザ発生の報告があり、対策会議。

昼、ラーメン納め。
大掃除の合間にでも食べに来る人が多いのか、店は大混雑。
早々に退散し、午後はずっと事務仕事。


夜、買い物せずに帰宅したので食料に乏しい。
冷凍牛丼の元を解凍しワインを飲む。
Mは連続夜勤中。 明日、疲れ果てて帰って来るだろう。

Mの娘、今年も僕の家で年越しをすると連絡をよこす。
一人で大晦日の日に来ると言う。
春から彼氏と住んでいるので、もうこの家から足が遠のくと思っていた。
どんな理由か解らないけれど、僕の家に来てくれる事が嬉しくてならない。
彼女の好きなエビやらカニやらを大量に買い込もう。
畑から大根や白菜をとってこよう。
布団も干さなくちゃ。
明日はそんな準備で忙しくなりそうだ。

次の出勤は1月4日。
呼び出しが無ければ5連休となる。
僕にとって5日もの連休はとても珍しい事。
MもMの娘も2日から仕事だから、久しぶりに犬と畑で遊ぼうか。



クリスマス2018年12月25日

クリスマス。
22日の冬至を経て、昼時間が1分だけ伸びた。
その1分が嬉しい。
そんな暦を見ていると、クリスマスの起源は「冬至の祭り」だった説に肯いてしまう。
キリストの誕生日が何日だったのかは解っていない。
聖書にキリストの産まれた日は記されていない。
学者によって、それは秋だったとか春だったとか様々な説がある。

古代の冬至祭りとキリストがなぜかくっついて、
クリスマス=キリストの誕生祭になったんだろう。
それを思えば、キリスト教でない人が冬至を祝っても少しも変じゃない。
これから昼が長くなる冬至は、冬の厳しさの中で数少ない希望だもの。

そしてクリスマスが過ぎればもう年末、そして新しい年がやって来る。
今年を見送り新年を迎える。
そんな覚悟も期待も諦めも無いままに、時間がどんどん過ぎる。


先日、家の外壁に高圧洗浄をかけていて見つけたモミジ。
どこかから種が飛んで来たんだろう。
家の北側の、廃棄したコンクリートブロックの隙間から芽を出していたんだ。
脇に生えていたタマリュウと共に鉢に取り、出窓に置いた。
一人前に紅葉していて可愛いな。
しばらく育て、もう少し大きくなったら地面に戻してやろうか。
それとも鉢植えのまま盆栽に仕立ててみようか。
部屋の中で紅葉を見られたら、それも楽しいだろう。



ストレスのこと2018年12月21日

今日、東京の昼時間は9時間45分。
この一年で最も短い昼は、明日の冬至を経て25日には9時間46分。
たった1分の変化だけれど、昼が長くなりはじめることに変わりはない。
12月末にそれは9時間48分。
1月末に10時間25分。
2月末には11時間22分。
凄いな、と思う。
天上の、淡々とそして精緻な移ろい。

それに比べ、師走と言われるこの時期の慌ただしさ。
年内のうちにこれだけは、とか。
今年中にあれだけは、とか。
自分で忙しさを引き寄せているのかもしれないけれど。

忘年会という名目の飲み会はほぼ終わり。
自宅の整理を進めているのは前回の日記に書いた通り。
特に大掃除をせぬなら、あとはお節の準備と年賀状か。
その年賀状も今年から減らすつもり。
ずっと会っておらず近況報告も無いのなら、年賀状の意味も薄いだろう。

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ここしばらく、病院通いが続いていた。
人間ドック、定期検査、追加の検査。
そして昨日は頭痛外来に行き、頭の画像診断を受けてきた。
いつも頭が痛い。 
でも脳に異常はなく、ストレスによる筋緊張性の頭痛だろうとの事。
またストレスかよ。

24時間心電図で不整脈を指摘され、でも追加の検査で心臓に異常はなし。
胃痛では内視鏡検査で胃の出血を認め、
心療内科で早朝覚醒の相談をし、
慢性の腹痛ももちろん、その全てがストレスのせいにされる。

いったい、何に対してそれほど精神的緊張を感じているんだろう。
自分でもよく解らない。
もうこれを性格と割り切るしかないのか。
これら症状は防衛反応だと納得すれば良いのか。
面倒だけれど、そんな自分と付き合うしかない。



年末にいろいろ捨てること2018年12月18日

冬至を前に、一年で最も夜の深い時期。
夏の間は明るい道を歩いた犬との散歩も、今は日の出前と日没後。
休日でもなければ庭の畑ですら陽の下の様子を見ることは無い。
猛暑ですら懐かしく夏を思い出す。
寒いのも暗いのも嫌いだ。

先月末、庭の隅に物置を設置した。
季節ものや工具、農具などをそこに収納するためにだ。
それをいい機会に、家の整理を進めている。
この家が出来てからの8年間に溜まった雑貨。
壊れた家電やもう着ない服。
捨て方に困り放置していた物。
そしてこんな気分の時でないと捨てないだろう、数々の品。

あるものは不燃ごみに、あるものは粗大ごみに。
仕舞い込んでいた古いPCとバッテリをリサイクルに出し、
スクータを売り、勢い余って使わないダイソンの掃除機まで捨てた。
手放した膨大な物たち。
そしてすっきりとした家。
物を処分することが、こんなに快感だったなんて。

年内に、不燃ごみの収集はあと一回。
その日に何か捨てるものは無いか、今からあれこれ考えている。
景品でもらったコップとか。
ベータのビデオデッキとか、ゲーム機とか。
確定申告や相続関係の膨大な書類はいつまで保存すれば良いんだったかな。
あれを捨てる事が出来たら、きっとホッとするだろう。