冬至まであと一週間2017年12月15日

もう、夜明け前に老犬に起こされる事は僕の日常だ。
今朝は3時。
少し歩いて落ち着いた犬を寝かしつけ、ベッドに帰ったのが3時半。

もしも晴れた夜だったらMを起こして庭に出たのに、空は曇天。
極大を迎えた双子座流星群は飛んでいるだろうか。
2001年、Mと富士で見た獅子座流星群の大出現が忘れられない。
流星雨と言っても過言ではない、一時間に数百もの流星が降った夢のような夜。
自分が生きている間に、あれ以上の流星群に出会う事があるだろうか。


東京の日の出は6時43分。
冬至まであと一週間。
夜が最も深い頃。
しかしあと数日で、昼がまた伸びてくる。

仕事は特記事項なし。
年末特有の慌ただしさと焦り。
そういえば今日は賞与が出たらしい。
明細を貰った記憶が無いんだが、そのうち誰かが持ってきてくれるだろう。

夜明けの頃2度だった気温は、昼過ぎても7度にまでしか上がらなかった。
午後は事務仕事。
ふと気づけば窓の外がもう暗くなっている。
それもそのはず。
東京の日没は16時29分だ。


母の誕生日が過ぎて、少しほっとした。
誕生日とか、何かの記念日とか、何かがあった日とか、そして命日とか。
あれから何年も経ったのに、まだそんな日を辛く感じる。
それが懐かしい思い出に替わるのはいつなんだろう。

ふと見た日付けに思う。
本を読んでいて発行年が、親父が逝った年だ、とか。
バイクの書類に記された初年度登録が、母が発病した年だ、とか。
上に書いた獅子座群は2001年11月19日で、これは祖母の納骨の後だった、とか。
いずれにせよ今は昔の事だけれど、そんな事に囚われて先へ進めない。
進めないんじゃなくて、進まないのか。




鉄のフライパン2017年12月11日

トイレ散歩をねだる老犬に起こされたのが、午前3時。
以前はそんな時間に鳴くことは皆無だったのに、歳のせいかこの頃はほぼ毎晩。
寒いし眠いし寝不足になるし、でもそれほど面倒とも思わない。
夜明け前の暗い道を犬と歩くのも良いものだ。
犬の吐く白い息や、アスファルトに響く爪の音。
そんなものをきっといつか、懐かしく思い出すだろう。

東京の日の出は6時40分。
夜明けはまだこれからも遅くなる。
でも嬉しいことに日没は今が最も早く、年末までには10分ほど長くなる。
昼時間もやがて息を吹き返し、もう少しすればだんだんと伸びてくる。
そんな事を喜ぶほど、春が今から待ち遠しい。

仕事は特記事項なし。
仕事関係の飲み会は明日の忘年会で年内最後だったか。
Mも、Mの娘も、僕も、正月の出勤予定は未定。
でもMの娘はどうやら大晦日から三が日あたりまで連続勤務になりそうとの事。
なかなか揃っての年越しが出来ないけれど、まあ仕方なし。

           ----------------------------------------------


テフロン等で表面加工されているフライパンは使いやすいけれど、
数年も使うとダメになってしまう。
空煎り出来なかったり焦げに気を使ったり、
コーティングを剥がさないように、日常使いにも神経を使う。
それが嫌で、鉄のフライパンを買ってみた。

重い。
油馴染ませが必要。
手入れが悪いと錆びる。
調理時はしっかり油を使う。
使用後、基本的に洗剤で洗えない。
などなど、これなら今まで使っていたフライパンの方が簡便じゃないかとも思う。
でも鉄製のお玉でチャーハンを豪快に作ったり、手荒に使ってもビクともしなかったり。
重さもかえって手に馴染むし、武骨な雰囲気も良い。
何より、これを使うのが楽しいんだ。

こんなのに味を占め、銅の卵焼き器とか鋳物の鍋とかまで手を出してしまいそう。
その前にもっと料理の腕を磨けって話なんだが。


阿夫利神社、大山2017年12月07日

たまには山散歩でもしようかと、Mと出掛けた。
目的地は丹沢東端の「大山」
東京西部から丹沢方面を見ると、その一番左にある三角形の山だ。
丹沢方面は、ヤビツ峠から二ノ塔、三ノ塔へ歩いたのが最後か。
なんだか久しぶりだな。

中央道圏央道と走って圏央厚木ICで降り、246を西へ。
「なんつッ亭」へ行きたくなるのをぐっと堪えて右へ曲がり、少し走れば山麓だ。


一回千円の市営駐車場に車を停めて、歩き始める。
ケーブルの駅までは「こま参道」と言う楽しい階段道が続く。
両側にはお土産屋と豆腐料理店。

大山は古くから信仰と観光の山だ。
江戸後期に江戸の人口が100万人だった頃、年間20万の人出が有ったという。
大山詣での人たちが神主への礼として農産物、特に大豆を納めたという。
それと山の銘水が元になり、豆腐が名物になったらしい。


阿夫利神社下社までケーブルカーに乗る。
僕は混んだ電車の類がダメで、だからこれに乗ることが出来るか心配していた。
でも紅葉も終わったこの時期の平日、それはガラガラ。
景色を楽しんでいるうちに、たった6分で終点へ着いた。


二千年以上前に創建された、阿夫利(あふり)神社。
雨乞の山としての顔も持つ大山の中腹にある。
豊作と豊かな雨を祈る山岳信仰の対象で、以前から来てみたかった場所。
ここからの景色は素晴らしく、しばらくそれを楽しんだ。


この辺の山だと、例えば高尾とか御岳とか。
そんな山だったら、ケーブルカーで上がってしまえばあとはもう楽なもの。
でも大山の場合、ここから頂上までが大変だ。
久しぶりの山歩き。
しかも現在人生最大体重の自分には、目の前のガレた道が苦行の道に見える。
コースタイムを大幅に超えて110分。 
気温5度の山で大汗をかきながら頂上を目指す。


残念ながらガスっていて富士山は見えなかった。
でも頂上からの景色は素晴らしく、市街地から遠く相模湾までを見下ろした。
やっぱりこれだよな、と思う。
キツくたって、これが楽しみでみんな山にやっくくる。
お昼時だけれど、頂上には僕らを含めて数人の人だけ。
そんな静けさもうれしい。


あー、コンロを持ってくれば熱いものが食べられのに。
そんな事を言いながら、コンビニのオニギリで昼食。
でも動いた後だから、これもすごいご馳走に思える。
気温は低いけれど陽射しが暖かだ。
なんだか眠たくなってしまう。


下山は別ルートで100分。
途中、膝が笑ってしまい自分が下り道が苦手だった事を思い出した。
でも鹿に遭遇したり、滝を見たり、眺望を楽しんだり。
久しぶりの山散歩を楽しんだ。、



包丁研ぎ好き2017年12月06日



心がザワついた時、包丁を研ぐと落ち着くのは何故だろう。
今朝もそれ。
午後から自分が講師役をする勉強会がある。
だから仕事に行きたくなかったんだ。
五本も研いで、すっかり遅くなってから出勤。
気持ちも落ち着いた。
今夜の料理も捗るだろう。

仕事はまあまあ。
昼食は例のごとく、自宅から持ってきた野菜など。
勉強会は上手くいった。
講師役の褒美として、神楽坂某店の肉まんをもらい皆で食べる。
巨大な肉まんが美味い。
昼に野菜だけで我慢した事など、とうに忘れてしまった。

夕飯は、ハンバーグ。
普通挽きと粗挽き肉を半々で使い、肉感を出すのが好み。
添えはMの好きな玉ねぎマシマシのポテトサラダ、トマトと水菜のサラダ。
他に、鯛とクレソンのカルパッチョのつもりがオリーブオイルが無くて半端な料理に。
昨日の残りのレンコンのきんぴら、大根葉とジャコ炒めも。

ところがMの帰宅が遅く、連絡もなし。
こういう時は急変と決まっている。
待たずに先に食べ、一人酒。
後で聞けば、やはり急変でオペ出しがあったらしい。

明日は仕事休み。
天気と体調次第で、丹沢辺りを歩きに行くかも。



沈丁花2017年12月04日

岐阜で行われる微生物の学会で挨拶しなければいけなくなり、
でもどうしてもそれが嫌で逃亡し、何故か九州で逮捕される。
そんな悪夢で飛び起きた。

これは意識下で負担になっているな、学会。
やっぱり行くの止めようかな。
夜明け前のまだ暗い時間、ベッドの中でそんな考え事をする。
階下から、小さく聞こえる犬の声。
散歩に行きたいのだ。
こうして月曜日がはじまる。

5時に犬と散歩に出た時の気温は3度。
東京の日の出は6時34分。
いつまでも明けない朝を見ながら新聞を読む。
日の出時刻はこれからまだまだ遅くなり、東京の大晦日のそれは6時50分だ。
季節を問わず5時には起きるので、この頃の夜明けの遅さがもどかしい。
だって夏の頃は5時にはもう、暑くなる前の庭で畑遊びをしていたんだもの。

         -------------------------------------------------


門の脇に植えてある沈丁花。
気付かないうちに、蕾が少しずつ大きくなってきた。
まだ冬本番前だけれど、これを見ると春も遠くない気が少しする。
早くあの芳香を感じたい。

仕事は特記事項なし。
昼食はキャベツとブロッコリとリンゴ。
人間ドックの結果を聞くまでもなく、体重を絞る必要がある事は解っていた。
まずは簡単にできる食事制限から。
休日やMと食べる夕飯は食べたいものを食べている。
替りに平日の朝と昼を兼ね、自宅から持ってきた野菜等を主食とすることにした。
今日はそれらに鰹節をポン酢をかけて食べた。
キャベツもブロッコリも実に美味い。

夜、今季はじめてコタツを出した。
Mの居ない今夜は、コタツに入って一人湯豆腐。


12月2017年12月02日

ここ数日の冷え込みに、急いで冬服を出したり。
犬の暖かマットを出したり、
鉢植えを取り込んだり、
ウオシュレットの設定も変えたり。
そんな12月の始まり。

12月と言えばずっと念願の秩父夜祭りに、今年も行けない。
12月の2、3日に行われる憧れの夜祭り。
何度行ったか分からないほど秩父に出掛け、あの場所を気に入っている。
札所巡りもした、龍勢祭りにも行った、三峰神社は何度も行った。
温泉も、ワラジカツも、豚みそも。
あとは夜祭りと雲海か。
いつか必ず見に行こう。

仕事は特記事項なし。
今年最後の予定表に、年末年始の作業予定などを書き入れる。
インフルエンザの流行がはじまり、これから少し忙しくなるか。
午後は測定機器のメンテナンス。
今月中に精度管理もきっちりしなければ。






犬は夢を見るのか2017年11月29日

深夜ふと目が覚めて、そのまま眠れなかった。
しばらくラジオなど聞いていたが、
ワンコはどうしているかなと気になって一階に降りる。
この頃のワンコは眠りが深いのか耳が遠いのか、そっと近づけば目を覚まさない。
ケージを覗きこむと、足を動かし走るような仕草をしている。
夢を見ているのか。

そして寝言。
以前から寝言の多い犬だったけれど、今のそれはまさに子犬の声。
クーンクーンと甘えるような声を出しながら熟睡する犬をしばらく見ていた。
どんな夢を見ているのだろう。
ブリーダー宅の広大な庭で、母犬と走っている夢でも見ているだろうか。
生後二カ月半で僕が引き取りに行ったとき、母犬とコイツの鳴き方は普通じゃなかった。
きっと、もう二度と会えないことを悟ったんだろう。
僕の家に来て幸せだったろうか。
老犬の寝顔を夜中に見ていると、この14年間に有った色々な事を思い出す。

東京の日の出は6時30分。
日の入りは16時28分。
今日、ついに昼時間は10時間を割った。
初夏のころ、それは14時間半もあったのに。
またやがてそれが伸びるのを知っている。
夏が来るのも知っている。
でもその前に、嫌いな冬を乗り越えなければ。



仕事は特記事項なし。
職場の紅葉は今が盛り。
夕方、先日受けた心エコーと24時間心電図の結果を聞く。
確かに期外収縮はあるけれど、心臓自体は健康そのもの。
この不整脈は僕の得意な、精神的なもの、と思ってしまっていいだろう。

それにしてもここ一カ月半の間に、よく検査を受けたものだ。
大腸カメラは憩室多数で要経過観察。
胃カメラは出血性胃炎と逆流性食道炎。
腹部エコーは軽度脂肪肝。
胸部CTと心エコーは異常なし。
人間ドックはお金が掛かるな。
でも、家族歴もあるし毎年の受診を勧められているんだ。






あっという間にまた冬2017年11月25日

木枯らし一号が吹いた、と思えば立冬が来て、
七五三かあ、と思えば小雪も過ぎる。
夜明け前の歩道を犬と歩いた今朝五時の気温は1度。
街灯に照らされた植え込みがキラキラと光っていた。
初霜かもしれない。
11月の末はそんな季節。

でも、中秋の名月を見たのはつい先日じゃなかったか。
菊の節句は終わったばかりじゃなかったか。
曼殊沙華は、ハスは、ヒマワリはいつ散った。
土用の丑の日のウナギの味だってまだ覚えてる。
八十八夜の新茶だってこのまえ飲んだばかりじゃないか。
フキノトウを掘ったのも、豆をまいたのも、寒い中並んだ初詣だって。
今年ももうあと僅かだなんて、それは本当のことなのか。

ボンヤリしているうちに、恐ろしいほどの早さで月日が飛んで行く。
あと数日で師走。
年が明ければまた一つ歳をとる。
冬に産まれたのに、冬が苦手だ。
弱い陽射しも、長い夜も、このごろ流行りのイルミネーションも。
でも、春を待つにはそれはまだ遠すぎる。

アボカドの発芽2017年11月22日



夏の頃、Mの娘が泊まりに来てアボカドのサラダを作った。
その種をよく洗ってから、鉢に植えみた。
水だけはあげていた。
でも、発芽するなんて思っていなかったから観察もせずに放置していたんだ。

あれから3か月。
それがいきなり発芽して、先日にはついに葉を開いた。
ある程度大きくなればマイナス5度位まで耐えるという。
つまり東京なら屋外で栽培可能で、最大で樹高20メートルにもなるらしい。
そして数年で実がなった例も有るようだ。
なんと、自家製アボカドを食べられる可能性があるのか。

一本では結実し難いという。
だからもう一つ種を植えておいた。
そいつも発芽したら、春に地面に植え替えよう。
それが大木になり、あのアボカドの実をたくさん付けたなら。
そんな想像をしながら、毎日世話をしている。






だいこん収穫2017年11月20日



家庭菜園の旬は夏。
主役はやっぱり夏野菜。
太陽が高く、狭い畑でもよく日が当たる季節。
見るたびに成長し収穫が楽しいトマト、ナス、キュウリ。
生命力とか活気とか興奮とか生彩とか、いろいろなものに溢れる畑。

でも僕は、冬枯れのはじまったこの時期の畑も好きだ。
もうそこには蚊も青虫もいない。
空気は澄んで、土もしっとりと落ち着きを取り戻している。
夏野菜は撤収し、雑草は減り、畑がずいぶん広々と見える。

短い陽射しを愛しむように、ダイコンや白菜がゆっくりと育つ。
どこからか漂う落ち葉焚きの匂い。
祭りのあとのような静かな畑を歩くのは楽しい。
ずいぶんここに通ったけれど、この畑とも年内いっぱいでお別れだ。
まだ元気だった母をここに連れてくると喜んでくれたっけ。
懐かしい。

また新しい畑を借りる事ができるだろうか。
それを願いながら、幾度も耕してふかふかになっている土から大根を二本抜いた。