スピーカを買った2017年03月22日

2000年に、5.1chホームシアターの音響システムを買った。
テレビもDVDもラジオもCDも、すべてそのシステムを通して聴いていた。
5本のスピーカーと大口径ウーファーの音は素晴らしかった。
リビングにぐるりと配置したスピーカーの真ん中に座って見る映画は臨場感があった。
SONYの、当時は高い買い物だったけれど満足して使っていた。

それが去年末、まずウーファーが不調になった。
あの張りのある低音が無くなり、カサカサと囁くようになった。
詳しい友人に聞くと、ボイスコイルとコーンの交換が必要とのこと。
やむなくウーファーを外して使っていた。
そして先日、今度はAVアンプが不調になった。
温度が上がっても冷却ファンが回らず、そもまま電源落ちしてしまうのだ。
SONYではすでに修理を受け付けておらず、自分で弄ってみたけれど復調しない。
17年間、毎日使ったのだもの。 
更新しようか。


買ったのはこれ。
テレビの前に横たわっている黒く長い物体。
この中に、サブウーファーを含めたすべてが入っている2.1chのシアターバーというやつ。
HDMIで他の機器と連動するし、Bluetoothでワイヤレス再生もできる。
なによりこれ一個で完結するのがシンプルでいい。
今までは6本のスピーカーを部屋の前後左右に配置していたのだから。

で、鳴らしてみた。
そしてがっかりした。
やはり今まで使っていた本格的なシステムとは全く違うや。
重厚感も臨場感も弱く、物足りない。
もうちょっと鳴ると期待していたんだけどな。

ただ、テレビを見るときの音声は格段に聞きやすい。
薄型テレビってスピーカーに無理があるのか、どうしてもセリフが聞き取り難いんだ。
ポンとテレビの前に置いてケーブルを繋ぐだけ。
それで使えるのだから手軽で現代風なのかもしれない。
大音量で映画を見たいときは、映画館に行くとしよう。




豆を炊く2017年03月20日

春分の日。
と言っても、よく言われるように昼夜の時間が等しい日ではない。
東京の昼時間は12時間8分。
すでに昼は夜に勝利している。

夜明け前の4時半、犬に起こされた。
老年期特有の時間感覚の麻痺なのか、毎朝のように暗い時間に僕を起こす。
仕方なく、1キロほど散歩。

帰宅すると、自宅の前に風船が落ちていた。
拾い上げると、幼稚園の卒園式で放った物だと書いてある。
園児の名前入りの封筒に、アサガオの種が5粒。
マップで調べると、自宅から20キロ弱の幼稚園から飛んできたようだ。
よくここまで飛んだものだと思う。
犬が起こしてくれなかったら見つけられなかっただろう。
幼稚園児と犬からの贈り物として、大切に育てることにする。

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Mの居ない夜。
往った冬を思いながらストーブで豆を炊く。
本当は暖房が必要な室温ではないのだ。
でも、この柔らかな灯りと暫くお別れかと思うと名残りが惜しいのだ。

冬は嫌いだ。
でも、この灯油ストーブが好きだ。
ストーブで煮物をしながら本を読むのが好きだ。
コトコトコト、と微かな音を聞いていいるのが好きだ。
今夜は、去年収穫した落花生を炊いている。
甘くして、療養中のMの御両親に食べてもらう。


卒業2017年03月16日

高速を2時間走り、Mの下の子の卒業式へ行く。
引っ越し用の段ボールを満載した車を、寮の駐車場へ入れた。
そして思い出す。
初めて一人暮らしをする彼をここへ連れてきたのは雨の日だった。
ガランとした学生寮に、彼一人残して帰る時の不安をよく覚えている。
あの日が、つい先日のことのように思えるのだ。

ホテルの式場で父母席に座り、卒業生たちを見ていた。
この2年の間に、じつに沢山の子たちが退学していったようだ。
競走馬に係わる職に就くための、少し変わった学校だ。
生徒たちは殆ど休むことなく、日の出前から実習の毎日。
彼らにはそれがとても過酷だったんだろう。

でもその日々を耐えた子たちの逞しさよ。
日焼けし、引き締まった身体つきに変わった彼らがとても眩しく見える。
その殆どは育成牧場への就職を決め、日本中に散ってゆく。
それでも、ここで作った利害の伴わない友達付き合いはずっと続くだろう。
みんな頑張れ。
ここでの経験は、必ずこの後の自信に繋がるはずだ。

Mの子は、オーストラリアの牧場に就職を希望している。
もうすでにその牧場での就業体験を終え、順調なら秋から働けるようだ。
これから数か月、日本の牧場で働きお金を貯めるのだという。
まだまだ先は長い。
それが上手く運べばいい。
でも挫折してもいい。
見守るしかない。

帰り道、やっと子育てが終わったとMが言う。
いやいや、子育ては一生ですぜ。
俺なんか、親の介護と看取りで学んだことが膨大に有るもの。
子育てって本当に大変だね。
でも良いものだ。


カルテのコピーが必要だ2017年03月15日

春分も近いというのに、みぞれ混じりの氷雨ふる朝。
5時過ぎに犬と散歩に出た時の気温は4度。
冷たい北風。
やっと咲き始めた庭の菜花が震えて見える。

出勤は7時。
午前、ずっとお世話になってきた生化学の先生の訃報を知る。
もう前線を退かれ、入院生活をしておられた。
僕の両親が逝った時、とても温かな手紙を頂いたこともあったっけ。
葬儀はご家族のみとのこと。
何か自分に出来ることはないか、考えてみる。

昼食はコンビニのおにぎり。
ついでに買ったカップ味噌汁が美味い。

仕事帰り、獣医院の前を通る。
うちの犬の主治医の、先日急逝された先生の医院だ。
灯りは見えなかったけれど、シャッターが半分開いていた。
独身の方だったけれど、もしかしたらご家族が整理にいらしているのだろうか。

先生が居なくなってしまったことはとても悲しい。
でも現実問題として、薬を必要としている犬がいる。
カルテのコピーを頂けると有難い。
日を改めて、近いうちに行ってみようと思う。

夕飯に湯豆腐。
そいつで燗酒をやっていたら体が温かくなって眠たくなってしまった。
   

ある獣医さんのこと2017年03月12日

花粉症の犬を受診させるため、いつもの道を歩く。
毎年この時期は、最低限の薬を使ってもらっている。
痒さに掻き毟り顔から血を出してしまうからだ。
そういう時、匙加減の解っている主治医が有難い。

道の反対側から見て、獣医院の異変に気が付いた。
年中無休でいつも開いているのに、今日はシャッターが降りている。
その上、玄関前に花束や手紙まで置いて有るじゃないか。
走って見に行った。
そして張り紙を見て、そこの先生が急逝された事を知った。
それを悼む花と、沢山のメッセージ。
にわかには信じられなかった。
だって僕よりも若い獣医師だったから。

立ち尽くしていると、犬の散歩中だった方が話しかけてきた。
その方も、ここでいつも診てもらっていたという。
亡くなったその日も犬の様子を伺う電話を貰ったという。
その後院内で倒れ、救急搬送されたとのこと。

そう、その先生はいつも受診後に電話をくれた。
ヒトとは言葉少なだったけれど、犬とはゆっくり対話する人だった。
時間をかけて診察し、検査や採血手技にも秀でていた。
たった一人で年中無休で、動物と接し続けた。
僕もかつて獣医になりたかった事を、彼の姿を見て思い出した。

数年前に開業したとき、良い獣医院が近所に出来たと喜んだものだ。
その後ずっと患犬として、通い続けた。
先月も診察してもらったばかりじゃないか。
まさか40代で突然に逝かれてしまうなんて。

帰り道、「田中先生、死んじゃったんだよ」と犬に話しかけた。
涙が流れて止まらなかった。
開業したばかりで、やり残した事もたくさん有ろうに。
その無念が辛い。
でもきっと、今まで過ごした年月には満足されているのではないのか。
自分の城のあの獣医院がとても居心地よさそうだったもの。




花の香り2017年03月10日

東京の日の出は5時59分。
ついに、夜明けが5時台となった。
昼は間もなく12時間を超え、日没も月末には18時台となる。
菜花が咲いて沈丁花が香り、犬の花粉症もはじまった。
寒さが苦手な僕だけれど、どうやら今年も冬を越せたようだ。
あと10日で、立春。

仕事は特記事項なし。
昼、Mより着信。
入院中のMのお父様、今日の退院予定は延期になったとのこと。
体調に波があり、一人の家へ帰るのが不安なのだ。
それならせっかく娘の勤務する病院に入っているのだもの。
もう少し入院し、しっかり体調を整えてほしい。

所用にて早めに帰宅。
自宅の玄関を開けると花の香りが素晴らしい。
先週、南房総で摘んだ花を家中に飾ってあるからだ。
今の時期は生花の持ちが良くてうれしい。
母が好きだったストックの花。
甘い香りの中にいると、子供のころに帰ったような気がする。





ばっけ味噌2017年03月07日



暗闇にまぎれて、フェンスの隙間から今は兄の家になっている実家へ侵入。
深夜にひっそりこっそりと、フキノトウを摘む。

僕はフキノトウが好きだ。
我が一族で、それを好むのは僕と両親だけだった。
いまや世代の変わった実家で、フキノトウは人知れず咲き萎れてゆく。
ゴミ屋敷と化したあの庭で。
錆びた自転車と捨てられた灯油タンクの間で。
あのフキとミョウガの畑を廃品置き場にしやがって。
そこは僕がずっと堆肥を入れ、いい土に育てた場所なのだ。
バチ当たりめ。

まずはよく洗い、それをサッと茹でる。
フキノトウのエグミが好きなら茹でなくても良いけれど、
それは僕には少しクセが強すぎる。
茹でたらザクザクと刻もう。
そしてギュッと絞り、フライパンで炒めるのだ。


味噌と、好みの量の砂糖。
練りやすくするために、僕は味醂と酒も少し入れる。
砂糖も多め。 こいつは少し甘めが好みだ。

それがフキノトウ味噌。
東北出身の友人はそれを、ばっけ味噌という。
ばっけ味噌。 美味そうな響きだ。


温かなご飯にのせて食べよう。
もうたまらない、春の味。
酒の肴にもいいぞ。
燗酒でやったら、言う事なし。






ジャガイモ植え付け2017年03月05日



今年も、畑作業はジャガイモの植え付けから始める。
もうこれだけで気持ちが上がってくるのだから、我ながら好きだなと思う。
今日は啓蟄。
土を掘りかえすと、冬篭りしていた虫が這い出してきた。


花摘み2017年03月03日

仕事のちょっとした山も越えたし、春も来るし。
と言う訳でMを連れ、母の実家へ遊びに行く。
子供時代の毎年の夏を過ごしたその場所は、今も変わらずそこにある。
変わってしまったのは、あの頃僕の周りに居たオトナたちが居なくなってしまったこと。
それはそうだ。
あれからもう何十年も経って僕が立派な中年だもの。

春分を前に、彼岸へ行ってしまったあの人たちの墓参もしたい。
数日前にはそんな伯父の命日もあったのだ。


今では高速も伸びて、車で行きやすくなった。
すぐに行けるのなら、もっと行けばいいのにとも思う。
その場所が、自分にとって特別な場所だということは解かっている。
子供時代の楽しい思い出と、耕す人がいなくなり荒れてしまった田畑。
あの頃みんなで遊んだ海と、両親とも看取った後の自分。

色々な事があって、気軽に行ける場所ではなくなってしまったのか。
いつか、仕事を引退したらここでスイカ作りをしたい。
海で釣りをし、犬と遊ぶのだ。
そんな、きっと出来もしない夢物語をMに話す。
助手席を見ると、彼女は寝ていた。




冬場は特に海が綺麗だな。
ひじきの解禁まで、もう少しかな。

カジメと言う海藻はもう採らないのだろうか。
あれ、味噌汁に入れて食べると美味しいんだ。
ハバ海苔は今では高級品になってしまった。
岩場で海苔掻きをしていて貝で切った足の傷、40年経っても跡が残っている。


どこへ行っても菜の花だらけ。
この黄色も、その甘い香りも、何もかも懐かしい。
あの春、母の病室に菜の花を持っていくと喜んだっけ。
花瓶に挿すと、そこだけパッと明るくなる気がした。

こんな環境で育った人だもの。
この花が好きになって当然だ。


もう楽園のよう。
海と雲と花と。

この辺は蜜柑の産地でもあり、海辺に座って幾つも食べた。
気温は16度。
陽だまりが心地よく、いつまでもボンヤリしていたくなる。


鯨を食べて帰ろう。
僕は竜田揚げ。 Mはカツを。
捕鯨基地のあるこの辺でも、今や鯨は高級食材。
あの頃は鍋にいっぱい貰ったものだ。
甘辛く煮た鯨が好きだったな。
何度か煮こぼして、沢山の大葉といっしょに濃い味で煮るんだ。

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帰りは山道を走った。
カーブを抜けたその先から、屋根を開けたコペンが走ってきた。
僕も今日はロドスタで幌を開けていたから、手を振り合う。
オープン同士がすれ違うと、友好的な気分になるのは何故だろう。

でも今回は、そのコペンの人が何かを伝えようとしていた。
怪訝に思って速度を落としたら、その先でスピード取締り。
スピードを落とさなくても捕まる速さでは無かったけれど、やっぱりこう言うのは嬉しい。
安全運転で、21時帰宅。
摘んできた花を花瓶に活けたら、家中が春の香りになった。



やっと一息2017年03月02日

ずっと持ち越していた仕事がようやく片付いた。
肩の荷が下り、ほっと力をぬく。
最近は、その仕事の夢を見て夜中に飛び起きたりなんかもしていたのだ。
自分で思っていた以上にキツかったのだろう。

明日は休み。
そしてMも久しぶりの休みだ。
遅くなっても勤務が終わったら僕の家に来るという。
それなら何か料理を作って待つことにしよう。


昨日食べたイワシに、シソと梅干しを加え煮なおそう。
牛ランプ肉が安かったから、焼いて岩塩で食べる。
大量のポテトサラダは作った。 
あとはアスパラ茹でてガンモ焼いてトマトを切って。
ワインも日本酒も大量にあるし、
何より僕もMも仕事の大きな山を越えたことが良い酔いを運んでくれるだろう。