夏野菜はじめ ― 2016年05月01日
いくつかに分かれている畑の、自宅寝室の前。
ここは狭いし冬場には日当たりが良くない。
でもこれからは一日陽が当たるし、ベッドにゴロゴロしながらでも野菜が見られる。
だから、毎日の手入れと育つ楽しみを身近に感じられる場所なんだ。
今日、そこに植えたもの。
大玉トマト3本、中玉トマト2本、長ナス2本、普通のナス1本、ピーマン2本。
万願寺1本、唐辛子1本、キュウリ1本、モロヘイヤ1本、ゴーヤ1本。
あとバジルとパセリをを少し。
キュウリは収穫時期が短いから、これから何度かに分けて植えよう。
キュウリのネットで日除けを作るんだ。
ふと足元を見ると、アスパラガスも伸びてきていた。
3株植えてあるコイツは、これから食べきれないほど出てくれる。
ニラもそうだけれど、一度植えると数年間は収穫できる優等生。
こうして今年も夏野菜をはじめた。
明日は埼玉に借りている畑でジャガイモの芽かきと土寄せ。
新タマネギの収穫。
そして里芋とスイカの植え付けだ。
八王子城跡 ― 2016年05月03日
ゴールデンウィークの人混みに辟易し、Mと二人で山に逃げた。
ここは高尾から少し入った八王子城。
城はもう残ってはいない。
でも、そこを歩けば当時の山城とはどういうものだったのかがよく解る。
麓の資料館を見ただけでは絶対に解らない、戦闘城の有り様が理解できる。
都下で育ったものなら誰もが習う。
八王子城とは400年以上前、小田原北条の息子(氏照)が築いた城だ。
壮麗な天守を持ち行政の場だった江戸時代の城と違う。
戦国時代の山城は戦闘の砦であり、軍事拠点だ。
無料の大きな駐車場には車が半分ほど。
資料館はそこそこ混んでいたけれど、そこから山に入る人はそれほど多くない。
大手門から曳橋、御主殿跡を見たくらいで引き返してしまう人が多いんだ。
でもここに来たからには山に入らないわけにはいかない。
山頂の本丸跡を目指し、歩き始める。
麓の居住地区から山に入れば、直ぐに要塞地区へと変わる。
自然の地形と、人が作った土塁や堀切り、そして幾つもの曲輪。
なにしろ400年以上も前。
それも破壊されているから想像力を働かせて当事の暮らしを思う。
居住地区に住む人たちは、いざ戦闘となると裏山の要塞へと逃げ込む。
そこに敵を誘い込み、攻防したのだ。
この険しい山だもの。
下から攻め込むには大変な犠牲を伴ったろう。
一帯にはシャガの花が咲いていた。
それも群生と言っても良いほどに。
古くから日本にあるアヤメの一種で、僕の好きな花だ。
戦国時代のこの地にも咲いていたろうか。
道は整備されているけれど、ところどころ荒れている。
また浮石や滑りやすいところもあるので、それなりの靴を履いてきた方が良い。
すれ違ったオジサンはサンダル履きで難儀していた。
サンダルで分け入るなど、かつての山城をナメてはいかん。
ぜいぜいと汗をかいた頃、八王子神社が現れる。
1000年以上前、偉いお坊様がこの地で修行をしていたという。
すると牛頭天王と八人の王子が現れ、お坊さんにこの地に留まれと言ったという。
それを祭ったのがこの神社で、八王子の地名の由来となっている。
高尾山をはじめ、この辺では天狗様を見ることが多い。
修験道と関係有るのだろうか。
こんど調べてみよう。
そして山頂。
麓からゆっくり歩いて50分ほどか。
本丸があった場所には小さな祠があるのみ。
休日だというのにひっそりと、誰も居ない。
400年以上も前、天下統一を企む秀吉の最後の仕上げが小田原北条攻めだった。
小田原の本城と関東に100近くもあった支城が攻められる。
この八王子城は城主と主力部隊が小田原応援のために出払っていた。
残ったのは僅かな防衛力と農民など3千。
秀吉勢は前田、上杉、真田ら1万5千だ。
八王子城は地の利を生かして善戦したがやがて落城。
沢山の戦死者と自刃した民の血で、沢の水が三日間真っ赤に染まったと言われる。
資料館で聴いた話では、この八王子城は見せしめとして全滅させられたという。
小田原の篭城戦に腹を立てた秀吉が、開城を迫る道具に八王子の惨状を使ったのだと。
遠くに八王子の街を見下ろしながらマミーを飲んで休憩。
アカゲラが樹を突く音。
ホウノキが白い大きな花を咲かせている。
数千の人が戦死した場所とは思えるほど、今は静かな山の中。
あの戦で唯一落ちずに残った北条方の城が、今の行田市にあった忍城だった。
2008年に父が逝った時、相続の手続きに必要で戸籍を辿った。
そして僕の祖父が産まれた場所が、その忍城のすぐ近くだと知ったんだ。
祖父や父を、この山に連れてきたらなんと言ったろう。
歴史好きだった祖父は、秀吉の悪口を聞かせてくれただろう。
そんな事に興味の無い山菜好きだった父は、ワラビ摘みに興じただろう。
線香 ― 2016年05月07日
今年のゴールデンウィークは5連休もしてしまった。
そんな贅沢のシワ寄せか、昨日から職場で走り回っている。
明日の日曜も休日出勤するから、なんの為の連休だったのか。
混雑が何よりの苦手で、どこへ行くにも車で出掛ける。
そんな僕には大型連休より、日常にある平日休みの方が合っているのかも知れない。
そんな贅沢のシワ寄せか、昨日から職場で走り回っている。
明日の日曜も休日出勤するから、なんの為の連休だったのか。
混雑が何よりの苦手で、どこへ行くにも車で出掛ける。
そんな僕には大型連休より、日常にある平日休みの方が合っているのかも知れない。
7時、自転車で出勤。
自室PCの機嫌が悪く、仕事に差し障る。
起動に酷く時間が掛かり、その後フリーズ。
やっと起動したらCPU使用率100%のままで何も出来ず。
svchost.exeが原因らしいが、Windows update辺りだろうか。
自室PCの機嫌が悪く、仕事に差し障る。
起動に酷く時間が掛かり、その後フリーズ。
やっと起動したらCPU使用率100%のままで何も出来ず。
svchost.exeが原因らしいが、Windows update辺りだろうか。
調べる気力と時間無く、鞄の中にあったSurfaceでレポート書きなど。
昼食はコンビ二のざる蕎麦。
冷たい蕎麦の季節になったねえ、など話していたら大勝軒のもりそばが食べたくなった。
もりそば、最近食べていないな。
あれは蕎麦ではないけれど。
帰宅し、ポストをのぞく。
有り難くない各種税金の納付書に混じって、宅配の不在連絡票が入っていた。
母の実家から、大量の切り花。
5日が両親の結婚記念日だったので、畑から切ってきてくれたようだ。
大きな壷に挿し、写真の前に供える。
この頃、線香を焚くようになった。
線香といっても外国産のお香だけれど、火を灯し香りが漂うと心が穏やかになるんだ。
僕はキリスト教の家に育った。
でも、両親共に亡くしてみると日々の祈り以外にも何かが欲しい。
儀式と言うか行為と言うか。
それがきっと、今は線香なんだ。
今日はラベンダーの香を焚いた。
そのうちに「おりん」とかも買ってしまうかもしれない。
昼食はコンビ二のざる蕎麦。
冷たい蕎麦の季節になったねえ、など話していたら大勝軒のもりそばが食べたくなった。
もりそば、最近食べていないな。
あれは蕎麦ではないけれど。
帰宅し、ポストをのぞく。
有り難くない各種税金の納付書に混じって、宅配の不在連絡票が入っていた。
母の実家から、大量の切り花。
5日が両親の結婚記念日だったので、畑から切ってきてくれたようだ。
大きな壷に挿し、写真の前に供える。
この頃、線香を焚くようになった。
線香といっても外国産のお香だけれど、火を灯し香りが漂うと心が穏やかになるんだ。
僕はキリスト教の家に育った。
でも、両親共に亡くしてみると日々の祈り以外にも何かが欲しい。
儀式と言うか行為と言うか。
それがきっと、今は線香なんだ。
今日はラベンダーの香を焚いた。
そのうちに「おりん」とかも買ってしまうかもしれない。
車が老いる ― 2016年05月09日
ああ、もう立夏も過ぎたのか。
それはそうだ。 連休が明けたのだから。
など、職場で暦を見て独り言。
それはそうだ。 連休が明けたのだから。
など、職場で暦を見て独り言。
その暦によると、東京の今朝の日の出は4時41分。
また季節がすすんだ。
このままではあっという間に梅雨も盛夏もやって来る。
でも今の僕にはそれは良い事かもしれない。
あの年から、5月が辛いものになったから。
曇り時々雨。
この頃いつもそうであるように、風の強い一日。
仕事は特記事項なし。
机の上に、誰かの土産がいくつか置いてある。
萩の月とか、マカダミアナッツチョコとか、都こんぶとか。
え、都こんぶ?
まだ職場のそこここに、連休明けの気だるさが残っている月曜日。
仕事帰り、顔見知りの整備工場でリフトを借り車の下回りを覗き込む。
日頃の足に使っている四駆の車検が秋にあり、それを通す為の対策だ。
少し前まで、その車検を通すつもりは無かった。
VWゴルフに乗り換えるつもりで、下取り査定までしていたんだ。
でも、やっぱりもう少し乗ろうと決めた。
お金の事も有るけれど、この万能な四駆が結構気に入っているからだ。
下回りを見て、7年8万キロの間に溜まった疲労を思い知る。
タイロットエンドブーツが切れてグリスが出ている。
後ろ足のショックからもオイル漏れ。
ブレーキパッドは四輪とも残3ミリで、もう2年乗るなら交換が必要だ。
2セット目のタイヤも溝が浅い。
とりあえず梅雨入り前にエンドブーツの交換だけでもしなければ。
僕と同じで、この車も年を取ったんだ。
夜、姪が来宅。
彼と住む為に家を出た姪だけれど、こうしてたまに遊びに来る。
両親と上手く行っていない彼女にとって、僕の家が実家のようなものなのか。
暫く僕の母の話など。
彼女にとっては僕の母が親代わりだった。
だから、彼女もまた5月が辛いものになっているようだ。
帰り際、母が残した数冊の本を持たせた。
読んでくれたら僕も嬉しい。
このままではあっという間に梅雨も盛夏もやって来る。
でも今の僕にはそれは良い事かもしれない。
あの年から、5月が辛いものになったから。
曇り時々雨。
この頃いつもそうであるように、風の強い一日。
仕事は特記事項なし。
机の上に、誰かの土産がいくつか置いてある。
萩の月とか、マカダミアナッツチョコとか、都こんぶとか。
え、都こんぶ?
まだ職場のそこここに、連休明けの気だるさが残っている月曜日。
仕事帰り、顔見知りの整備工場でリフトを借り車の下回りを覗き込む。
日頃の足に使っている四駆の車検が秋にあり、それを通す為の対策だ。
少し前まで、その車検を通すつもりは無かった。
VWゴルフに乗り換えるつもりで、下取り査定までしていたんだ。
でも、やっぱりもう少し乗ろうと決めた。
お金の事も有るけれど、この万能な四駆が結構気に入っているからだ。
下回りを見て、7年8万キロの間に溜まった疲労を思い知る。
タイロットエンドブーツが切れてグリスが出ている。
後ろ足のショックからもオイル漏れ。
ブレーキパッドは四輪とも残3ミリで、もう2年乗るなら交換が必要だ。
2セット目のタイヤも溝が浅い。
とりあえず梅雨入り前にエンドブーツの交換だけでもしなければ。
僕と同じで、この車も年を取ったんだ。
夜、姪が来宅。
彼と住む為に家を出た姪だけれど、こうしてたまに遊びに来る。
両親と上手く行っていない彼女にとって、僕の家が実家のようなものなのか。
暫く僕の母の話など。
彼女にとっては僕の母が親代わりだった。
だから、彼女もまた5月が辛いものになっているようだ。
帰り際、母が残した数冊の本を持たせた。
読んでくれたら僕も嬉しい。
芽が出た ― 2016年05月11日
東京の日の出は4時39分。
気温16度。 南風の生暖かい夜明け。
小雨降る中、庭の畑の手入れをする。
もはや昼は14時間。
その気があれば出勤前に1時間は庭に出る事が出来る。
その気さえあれば。
今朝はその気になった。
埼玉に借りている畑と違い、庭の畑は狭いし冬場は日当たりも悪い。
でも、こうして気軽に作業できるのが最大の利点だ。
長靴を履いたらすぐに畑。
マメな手入れを欲する夏野菜は、だから自宅でなければ作る事が出来ない。
トマトもナスもキュウリもピーマンも根付き、成長をはじめた。
写真は枝豆の発芽。
これは少しの隙間で作る事が出来る。
だからあちこちと時間差を付けて種をまき、夏の間はずっと収穫できるようにする。
ビールと枝豆。
その為だけにも、夏は暑くあってほしい。
そして7時出勤。
今日の帰りは遅くなりそうだ。
気温16度。 南風の生暖かい夜明け。
小雨降る中、庭の畑の手入れをする。
もはや昼は14時間。
その気があれば出勤前に1時間は庭に出る事が出来る。
その気さえあれば。
今朝はその気になった。
埼玉に借りている畑と違い、庭の畑は狭いし冬場は日当たりも悪い。
でも、こうして気軽に作業できるのが最大の利点だ。
長靴を履いたらすぐに畑。
マメな手入れを欲する夏野菜は、だから自宅でなければ作る事が出来ない。
トマトもナスもキュウリもピーマンも根付き、成長をはじめた。
写真は枝豆の発芽。
これは少しの隙間で作る事が出来る。
だからあちこちと時間差を付けて種をまき、夏の間はずっと収穫できるようにする。
ビールと枝豆。
その為だけにも、夏は暑くあってほしい。
そして7時出勤。
今日の帰りは遅くなりそうだ。
潮干狩り ― 2016年05月12日
仕事は休み。
天気は快晴。
調べてみたら潮は中潮だ。
となれば行かねばなるまい。
いつもの場所で潮干狩りだ。
寝ぼけているMを起こそう。
都心を抜けて橋を渡れば、そこは僕の大好きな場所だ。
その前に飯だ。
保田漁協直営の「ばんや」は魚好きの聖地。
いつもは混んでいるけれど、今日はまだ10時半。
空いた店内で、まずは生簀の魚を見よう。
イセエビ、カワハギ、カサゴなんかが元気に泳いでる。
美味そう。
潮が引き出すのは午後だから、潮干狩りの前に磯遊びだ。
大きなウミウシを捕まえ、カニと遊び、貝殻をひろう。
対岸は三浦岬。
海の向こうに富士を探したり、コンテナ船やイージス艦を眺めたり。
風が爽やかで、本当に心地がよい。
潮干狩りは富津。
二人で4キロのアサリは食いきれんぜ。
でも大丈夫。
アサリは冷凍で保存できる。
砂抜き用に数リットルの海水を持ち帰ることも忘れない。
今夜は酒蒸しで吟醸酒だな。
さて帰ろう。
都心の地下を走るC2線が出来てからずいぶんと便利になった。
日焼けでヒリヒリする首筋を摩りながらの帰途。
それにしても潮干狩りは楽しい。
何度やっても飽きることがないんだ。
ソラ豆採れた ― 2016年05月14日
秋に植えたソラ豆を少しだけ収穫する。
寒さにも害虫にも負けず、今年もよく実ってくれた。
サヤが空を向いて伸びるからソラ豆。
僕が作る野菜の中では比較的つくり難くて、だからその収穫が余計に嬉しい。
こいつはサヤごと焼いて食べよう。
塩を少しだけ付けて、ホクホクと食べよう。
茹でるのと違い焼きソラ豆は水っぽくならなくて美味しい。
少しサヤを焦がせば、香ばしさも付いてくる。
これでビールを飲んで、今日あったイライラ事を忘れよう。
職場であった事を引き摺らないように、気晴らしは美味い酒と肴に限る。
畑のソラ豆とアスパラ、先日採ってきたアサリ、母の田舎から届いた鯨の干物。
明日は休みだし、今夜は独りだ。
じっくりと酒を呑み、よく眠り、明日はまた畑で遊ぼう。
寒さにも害虫にも負けず、今年もよく実ってくれた。
サヤが空を向いて伸びるからソラ豆。
僕が作る野菜の中では比較的つくり難くて、だからその収穫が余計に嬉しい。
こいつはサヤごと焼いて食べよう。
塩を少しだけ付けて、ホクホクと食べよう。
茹でるのと違い焼きソラ豆は水っぽくならなくて美味しい。
少しサヤを焦がせば、香ばしさも付いてくる。
これでビールを飲んで、今日あったイライラ事を忘れよう。
職場であった事を引き摺らないように、気晴らしは美味い酒と肴に限る。
畑のソラ豆とアスパラ、先日採ってきたアサリ、母の田舎から届いた鯨の干物。
明日は休みだし、今夜は独りだ。
じっくりと酒を呑み、よく眠り、明日はまた畑で遊ぼう。
ハクビシン ― 2016年05月16日
東京の日の出は4時35分。
そんな時間に夜が明けるなんて。
だって年明けの頃は7時近くまで暗かったんだから。
季節って本当にすごい。
朝の時間を有効に使うため、起床時間を少し早めた。
犬の散歩が終わり、家の前を掃き掃除。
それでもまだ6時。
庭の畑の世話をしたり、隣人と立ち話をしたり。
朝のそんな時間が好きだ。
この頃、近所の話題はハクビシンだ。
どこかに営巣しているのか、子供連れハクビシンの目撃例が続く。
あそこを走っていたとか、塀の上に昇っていたとか。
僕も何度か見かけたし、隣人などドックフードを盗まれ困っていたという。
どこかから引っ越してきたのか。
それとも以前から潜んでいたのか。
間近に見るとハクビシンとは随分大きなもので、アレがこんな街中に住んでいるなんて。
出勤前、自宅の門を写しているカメラの向きを変えた。
隣家との境目で、数回ハクビシンらしき足跡が残っていた場所。
動くものがあれば動画を記録してくれるそのカメラに、何か写るだろうか。
ちょっとワクワクする。
そんな時間に夜が明けるなんて。
だって年明けの頃は7時近くまで暗かったんだから。
季節って本当にすごい。
朝の時間を有効に使うため、起床時間を少し早めた。
犬の散歩が終わり、家の前を掃き掃除。
それでもまだ6時。
庭の畑の世話をしたり、隣人と立ち話をしたり。
朝のそんな時間が好きだ。
この頃、近所の話題はハクビシンだ。
どこかに営巣しているのか、子供連れハクビシンの目撃例が続く。
あそこを走っていたとか、塀の上に昇っていたとか。
僕も何度か見かけたし、隣人などドックフードを盗まれ困っていたという。
どこかから引っ越してきたのか。
それとも以前から潜んでいたのか。
間近に見るとハクビシンとは随分大きなもので、アレがこんな街中に住んでいるなんて。
出勤前、自宅の門を写しているカメラの向きを変えた。
隣家との境目で、数回ハクビシンらしき足跡が残っていた場所。
動くものがあれば動画を記録してくれるそのカメラに、何か写るだろうか。
ちょっとワクワクする。
そろそろ ― 2016年05月18日
弱い北風の、爽やかな初夏の一日。
最高気温は26度。
風薫る5月と言うけれど、まさにそんな季節がやってきている。
5月か。 でもどうか早く過ぎてくれ。
この時期は辛い記憶が蘇る。
考えないよう仕舞い込んでいる思い出が、何かの瞬間に蘇る。
最高気温は26度。
風薫る5月と言うけれど、まさにそんな季節がやってきている。
5月か。 でもどうか早く過ぎてくれ。
この時期は辛い記憶が蘇る。
考えないよう仕舞い込んでいる思い出が、何かの瞬間に蘇る。
まるで昨日の事のように、そして圧倒的に気持ちと思考を埋め尽くす。
でもそれは何物にも替え難い大切な形見でもある。
でもそれは何物にも替え難い大切な形見でもある。
忘れるわけにはいかない。
でも思い出したくない。
2年前の今頃、母との最後の日々を過ごしていた。
ある人に、1年が一つの区切りだと言われた。
確かにそれが過ぎれば1年前の今頃は、など考える事は少なくなる。
でもそれから更に1年が経とうとしている今、僕はあの頃よりも元気になっているのか。
慟哭するような悲しさは無い。
でも、替わりにしんしんと降り積もるような寂しさに窒息しそうになる。
そして、ああ僕にはもう両親とも居ないのだと改めて思うのだ。
当日に参るのがなぜか嫌で、仕事の帰りに墓参り。
母が逝った20日はどう過ごそう。
きっといつものように仕事へ行き、夜は独りで酒を呑むだろう。
そしてこの2年間をどう過ごしてきたか考えてみよう。
この2年の間に、僕はまったく違う人間になってしまったんじゃないのか。
でも思い出したくない。
2年前の今頃、母との最後の日々を過ごしていた。
ある人に、1年が一つの区切りだと言われた。
確かにそれが過ぎれば1年前の今頃は、など考える事は少なくなる。
でもそれから更に1年が経とうとしている今、僕はあの頃よりも元気になっているのか。
慟哭するような悲しさは無い。
でも、替わりにしんしんと降り積もるような寂しさに窒息しそうになる。
そして、ああ僕にはもう両親とも居ないのだと改めて思うのだ。
当日に参るのがなぜか嫌で、仕事の帰りに墓参り。
母が逝った20日はどう過ごそう。
きっといつものように仕事へ行き、夜は独りで酒を呑むだろう。
そしてこの2年間をどう過ごしてきたか考えてみよう。
この2年の間に、僕はまったく違う人間になってしまったんじゃないのか。
今日で二年 ― 2016年05月20日
いろいろな事を考えたけれど、それを上手く書く事が出来ない。
この二年間をどう過ごしてきたのかも、よく解らない。
もっと夢に出てくれるのかと思ったけれど、それもあまり無いし。
日常のちょっとした瞬間に母の気配を感じることがある。
あの路地の向こうから、緑色の自転車に乗ってやって来そうに思うときがある。
エプロンを付けて花壇の手入れをしていそうな。
沢山の本に囲まれ笑っていそうな。
父だってそうだ。
今にも大漁だ、とか言って海釣りから帰って来そうな気がする。
僕が買った赤いオープンカーを、ちょっと貸せと言って乗り回していそうな。
そんな気がするときがある。
そう思いたいだけなんだ。
その辺に居そうだな、などと殊更に思い込みそんな世界に逃げ込む。
それがこの二年間で身に付いた僕の逃避であり弱さなのだ。
今居ないのは、ちょっと留守にしているだけなんだろ。
両親は旅行に出掛けているだけなんだと。
そんな甘美な妄想に浸かる事がある。
そして次の瞬間、もう二人とも居ないのだと嫌な気分になる。
いつになったら素直に受け入れられるのか解らない。
それが今の自分なのだから仕方が無い。
とにかく、今日で母が逝って二年。
もっと夢に出てくれるのかと思ったけれど、それもあまり無いし。
日常のちょっとした瞬間に母の気配を感じることがある。
あの路地の向こうから、緑色の自転車に乗ってやって来そうに思うときがある。
エプロンを付けて花壇の手入れをしていそうな。
沢山の本に囲まれ笑っていそうな。
父だってそうだ。
今にも大漁だ、とか言って海釣りから帰って来そうな気がする。
僕が買った赤いオープンカーを、ちょっと貸せと言って乗り回していそうな。
そんな気がするときがある。
そう思いたいだけなんだ。
その辺に居そうだな、などと殊更に思い込みそんな世界に逃げ込む。
それがこの二年間で身に付いた僕の逃避であり弱さなのだ。
今居ないのは、ちょっと留守にしているだけなんだろ。
両親は旅行に出掛けているだけなんだと。
そんな甘美な妄想に浸かる事がある。
そして次の瞬間、もう二人とも居ないのだと嫌な気分になる。
いつになったら素直に受け入れられるのか解らない。
それが今の自分なのだから仕方が無い。
とにかく、今日で母が逝って二年。