もうすぐ終わり ― 2014年09月30日
ようやく母の預貯金の凍結が解けて、一旦僕の口座にお金を移している。
同時に送り返されてきた通帳をまじまじと見て、とても辛い気持ちになった。
母には年金以外にも不動産収入があり、でもそれに全く手を付けていない。
そればかりか日々の生活費を5千円、1万円と小出しに下ろしていた様が記録されている。
古い服を手直しし、好きな本も図書館で借り、日々の食材も処分品をよく買っていた。
唯一お金の掛かる趣味は花壇作りで、それだって高が知れた金額だ。
質素に慎ましく生活していた母の姿が目に浮かぶ。
もっと、好きな事にお金を使えばよかったのに。
父が逝ってからたった6年弱だったけれど、はじめて自分だけの時間とお金をもったのに。
嫁入り道具として持ってきた箪笥だってボロボロだったし、自転車なんて錆びだらけ。
発病後だって、医療費をいつも気にしていたじゃないか。
そこまでして残してくれたお金を、どんな気持ちで受け取れば良いのか。
おかげでこれを相続税に充てることができ、兄はあの家に住み続けることができる。
母もきっとそれで満足なんだろう。
でもなんだか今、母の事が可哀想に思えてならないんだ。
お金で買えないものが人を幸せにするのかもしれない。
でも苦労ばかりだった母に、晩年になってまで節約の日々を送って欲しく無かった。
でも苦労ばかりだった母に、晩年になってまで節約の日々を送って欲しく無かった。
もっと贅沢しろよと言っても母は苦笑いするだけだったろうが。
僕が動かなければならない相続作業はそろそろ終わる。
後は税理士、銀行、司法書士に任せるだけ。
ようやく静かな時間がやって来る。
一息ついたら、母の闘病記録も整理しなければならないだろう。
日記は読まずに焼くつもりだけれど、それはまだ暫くできそうにない。
9月も終わる。
あの頃より、季節を幾つか経た今のほうが母の事をよく考えている。
僕が動かなければならない相続作業はそろそろ終わる。
後は税理士、銀行、司法書士に任せるだけ。
ようやく静かな時間がやって来る。
一息ついたら、母の闘病記録も整理しなければならないだろう。
日記は読まずに焼くつもりだけれど、それはまだ暫くできそうにない。
9月も終わる。
あの頃より、季節を幾つか経た今のほうが母の事をよく考えている。