だいこん収穫2017年11月20日



家庭菜園の旬は夏。
主役はやっぱり夏野菜。
太陽が高く、狭い畑でもよく日が当たる季節。
見るたびに成長し収穫が楽しいトマト、ナス、キュウリ。
生命力とか活気とか興奮とか生彩とか、いろいろなものに溢れる畑。

でも僕は、冬枯れのはじまったこの時期の畑も好きだ。
もうそこには蚊も青虫もいない。
空気は澄んで、土もしっとりと落ち着きを取り戻している。
夏野菜は撤収し、雑草は減り、畑がずいぶん広々と見える。

短い陽射しを愛しむように、ダイコンや白菜がゆっくりと育つ。
どこからか漂う落ち葉焚きの匂い。
祭りのあとのような静かな畑を歩くのは楽しい。
ずいぶんここに通ったけれど、この畑とも年内いっぱいでお別れだ。
まだ元気だった母をここに連れてくると喜んでくれたっけ。
懐かしい。

また新しい畑を借りる事ができるだろうか。
それを願いながら、幾度も耕してふかふかになっている土から大根を二本抜いた。





アボカドの発芽2017年11月22日



夏の頃、Mの娘が泊まりに来てアボカドのサラダを作った。
その種をよく洗ってから、鉢に植えみた。
水だけはあげていた。
でも、発芽するなんて思っていなかったから観察もせずに放置していたんだ。

あれから3か月。
それがいきなり発芽して、先日にはついに葉を開いた。
ある程度大きくなればマイナス5度位まで耐えるという。
つまり東京なら屋外で栽培可能で、最大で樹高20メートルにもなるらしい。
そして数年で実がなった例も有るようだ。
なんと、自家製アボカドを食べられる可能性があるのか。

一本では結実し難いという。
だからもう一つ種を植えておいた。
そいつも発芽したら、春に地面に植え替えよう。
それが大木になり、あのアボカドの実をたくさん付けたなら。
そんな想像をしながら、毎日世話をしている。






あっという間にまた冬2017年11月25日

木枯らし一号が吹いた、と思えば立冬が来て、
七五三かあ、と思えば小雪も過ぎる。
夜明け前の歩道を犬と歩いた今朝五時の気温は1度。
街灯に照らされた植え込みがキラキラと光っていた。
初霜かもしれない。
11月の末はそんな季節。

でも、中秋の名月を見たのはつい先日じゃなかったか。
菊の節句は終わったばかりじゃなかったか。
曼殊沙華は、ハスは、ヒマワリはいつ散った。
土用の丑の日のウナギの味だってまだ覚えてる。
八十八夜の新茶だってこのまえ飲んだばかりじゃないか。
フキノトウを掘ったのも、豆をまいたのも、寒い中並んだ初詣だって。
今年ももうあと僅かだなんて、それは本当のことなのか。

ボンヤリしているうちに、恐ろしいほどの早さで月日が飛んで行く。
あと数日で師走。
年が明ければまた一つ歳をとる。
冬に産まれたのに、冬が苦手だ。
弱い陽射しも、長い夜も、このごろ流行りのイルミネーションも。
でも、春を待つにはそれはまだ遠すぎる。

犬は夢を見るのか2017年11月29日

深夜ふと目が覚めて、そのまま眠れなかった。
しばらくラジオなど聞いていたが、
ワンコはどうしているかなと気になって一階に降りる。
この頃のワンコは眠りが深いのか耳が遠いのか、そっと近づけば目を覚まさない。
ケージを覗きこむと、足を動かし走るような仕草をしている。
夢を見ているのか。

そして寝言。
以前から寝言の多い犬だったけれど、今のそれはまさに子犬の声。
クーンクーンと甘えるような声を出しながら熟睡する犬をしばらく見ていた。
どんな夢を見ているのだろう。
ブリーダー宅の広大な庭で、母犬と走っている夢でも見ているだろうか。
生後二カ月半で僕が引き取りに行ったとき、母犬とコイツの鳴き方は普通じゃなかった。
きっと、もう二度と会えないことを悟ったんだろう。
僕の家に来て幸せだったろうか。
老犬の寝顔を夜中に見ていると、この14年間に有った色々な事を思い出す。

東京の日の出は6時30分。
日の入りは16時28分。
今日、ついに昼時間は10時間を割った。
初夏のころ、それは14時間半もあったのに。
またやがてそれが伸びるのを知っている。
夏が来るのも知っている。
でもその前に、嫌いな冬を乗り越えなければ。



仕事は特記事項なし。
職場の紅葉は今が盛り。
夕方、先日受けた心エコーと24時間心電図の結果を聞く。
確かに期外収縮はあるけれど、心臓自体は健康そのもの。
この不整脈は僕の得意な、精神的なもの、と思ってしまっていいだろう。

それにしてもここ一カ月半の間に、よく検査を受けたものだ。
大腸カメラは憩室多数で要経過観察。
胃カメラは出血性胃炎と逆流性食道炎。
腹部エコーは軽度脂肪肝。
胸部CTと心エコーは異常なし。
人間ドックはお金が掛かるな。
でも、家族歴もあるし毎年の受診を勧められているんだ。