昭和の日 ― 2016年04月29日
今年もまた、昭和の日からゴールデンウィークが始まった。
行く春の季節。
それは僕にとって、あの介護の日々の終わりを思い出させる。
あの年の昭和の日。
Mにも付き添ってもらい、母を買いものに連れ出した。
母は買い物が好きだったのだ。
何を買ったっけ。
マグロの酢味噌ヌタが食べたいとかいって、そんな材料を買ったっけ。
母はだいぶ足元がおぼつかなかったけれど、一時期のように車椅子を使う事は無かった。
いつものスーパーでの買い物をとても喜んだのを覚えている。
マグロの酢味噌ヌタが食べたいとかいって、そんな材料を買ったっけ。
母はだいぶ足元がおぼつかなかったけれど、一時期のように車椅子を使う事は無かった。
いつものスーパーでの買い物をとても喜んだのを覚えている。
その数日前の外来で検査結果の悪化を指摘され、治療の終了を決めた。
もうこれ以上は為すすべが無いと、主治医からは言われていた。
あとの事は、往診の診療所に任せるとも言われた。
心細さと辛さ、そしてやり場の無い怒りで潰れそうだったのも覚えている。
医者の予言が当たるように、買い物に行った日の夜に痛みが初発した。
24時間通じる往診医の携帯に電話をし、翌日の診察をお願いしたっけ。
それは以前から言われていた経過で、覚悟をしていたはずだった。
でも、それからの二十日間のことは思い出すのが辛い。
麻薬系の痛み止めを使いながら、最後まで自宅に居させてやる事に没頭した。
家に居たいと言った母のために、出来る事は全てした。
そんな風に始まったその年のゴールデンウィーク。
でも、良い思い出に変ったものもある。
職場に遠慮する事も無く、あの年はたっぷりと休暇を取ったんだ。
その全てを母と過ごし、沢山の話をした。
それまでの何年分にも優る会話を、その数日間にしたかもしれない。
僕の家まで来て、夏野菜の植え付けも見てくれた。
モッコウバラの前で写真もとった。
両親の結婚記念日である5月5日には菖蒲湯にも入ってもらった。
僕の作る料理を、ほんの一口だけでも美味しいと言って食べてくれた。
母との最後の暖かい日々だったかもしれない。
母の居ない二度目のゴールデンウィークがやって来た。
あの年のように、今年も夏野菜を植えつける。
トマト、ナス、キュウリ、スイカ、ピーマン、ゴーヤ。
ヒマワリやアサガオの種も蒔こう。
芝刈り、ハスの植え替え、バラの剪定。
あの年と変らない春の作業だ。
そこに母だけが居ない。
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