師走2015年12月01日

師走は、弱い北風の穏やかに晴れた日で始まった。
もう少し気温が上がれば小春日和とも言いたくなる。
そんな1日。

でも忘れてはいけない。
今は、一年で最も日暮れの早いときだ。
仕事をしていてふと気付けば、窓の外ではもう陽が傾いている。
この季節特有の、透明度の高い夕景。
残照は懐かしい橙色。
影は深く黒く、染み入りそうな飛行機雲が線を曳く。

夕方と夜の間。
黄昏時とか、逢魔ヶ時ともいうそんな時間が苦手だ。
皆、自分の居場所に帰ってゆく。
そこには暖かな部屋や家族が待っているんじゃないのか。
美味そうな料理の匂い、賑やかな家、楽しい会話。
そんな、アニメの中にしか無いような光景が目に浮かぶ。

みんな何かを抱えているはずなのに、自分だけ取り残されているような。
そんな不安に震える冬の日暮れ時。
僕にも居場所は有るけれど、そこでは無いどこかへ帰りたい。
でもそれがどこなのか解らない。
両親と祖父母の居た昔の家なのか。
想像の中にだけある暖かな家なのか。



犬が待ってくれているだけ幸せじゃないか、など思いつつ帰宅。
冷えた部屋に暖房を入れる。
犬に煮てやろうと解凍しておいた挽肉で、自分用にロールキャベツを作る。
犬は缶詰で我慢だ。
ルンバが掃除をしている間に、風呂に入る。
これで酒を呑めば今日一日も無事に終わる。
明日は、夜勤明けのMが来る。


少し不調2015年12月04日

冬の間だけ犬との散歩時間をずらそうかな、など思いながら今朝も5時起き。
今の季節、その時間の街の様相はまだ深夜のそれ。
青白い街灯に照らされた舗道をトボトボ歩く。
強い南風に欅の落ち葉が渦を巻く。

ようやく明るくなり始めた頃、一昨日から来ていたM帰る。
7時、寒さに負け自転車ではなく車で出勤。
12月4日金曜日。
職場カレンダーの予定を確認してから今日の労働を始める。
気だるい違和感と軽い頭痛。
風邪をひいたかも知れない。

昼食は時間無く、遅い午後に机の引き出しに有った期限切れのドラ焼きを食べた。
幾つかの部署から忘年会出席名簿の表が廻ってくる。
忘年会なんて正直、面倒だ。
でも幾つかは出る事になるし、出たら出たで楽しいのだけれど。
帰り道のガソリンスタンドで灯油を買って、20時帰宅。

なんだか気力なく、簡単な食事で済ます。
冷蔵庫に有った豆腐で湯豆腐を作り、焼酎のお湯割り。
風呂も湯を張らずシャワーだけ。
あとは何する事も無く、腑抜けている。
テレビもつけず、本も読まずボンヤリと。






ヒジキと大根2015年12月05日

畑から抜いてきたばかりの大根を見て、母ならまず菜飯を作ったろうと思う。
ヒジキの佃煮を作りながら、母はこれが好きだったなと思い出す。
菜飯の上にヒジキをのせ、嬉しそうに食べる母の顔も目に浮かぶ。
でも、その声が上手く思い出せない。
もちろん声を忘れたわけじゃない。
でも、母が話すその言葉を、言葉を話す母を、鮮明に思い出すことができない。
もう一度、あの声が聴けたら。

なぜ、動く母を、話す母を残しておかなかったんだろう。
デジカメの動画はとても綺麗に撮れるのに、それで撮るのは飛行機や犬ばかり。
あの頃、もう少ししたら目の前の母が居なくなることを僕は知っていた。
だったらなぜ、その母を記録しておかなかったのか。
そんな事をしたら何だかお別れのようで、それが怖くて撮影できなかったんだ。

でも唯一残った母の声が、検査結果の告知を受けるボイスレコーダの記録だなんて。
テレビを見て笑う母を、美味しいものを食べて喜ぶ母を、たくさん残せば良かった。
そんな普通の日々が、やがてこれほど恋しいものになるとは。
夢に出てきても、その母は何も話しかけてくれない。
ただ微笑むだけだ。


土曜の夜。
Mは残業で遅くなるので今夜は来ないという。
犬の散歩を終え、煮物を作る。
母の味を思い出しながら、煮物を作る。
今夜はヒジキと大根で酒を呑もう。
独りの夜はとても静かだ。



冬支度2015年12月06日



今年もまた、四駆にスタッドレスを履かせる時期がやってきた。
去年までと違うのは、ようやくガレージジャッキを導入したこと。
そしてロックナットの作業を電動インパクトでしてみたこと。
油圧と電気の素晴らしさ。
これまで苦労していた力仕事がまるで嘘のように簡単に終わる。

ササッと交換し、トルクレンチで締め上げればもう出来上がり。
準備や片づけを含めても30分で完了だ。
これでまた冬山の温泉にだって遊びにいけるぞ。
寒い季節の露天風呂が好きなんだ。


養老渓谷2015年12月09日

穏やかな快晴の水曜日。
仕事は休みで特に予定も無い。
そんな日を自宅で過ごすのは勿体無くて、Mと散歩に出掛けた。
行き先はまだ紅葉が残る房総半島。
大多喜、君津、富津あたりをぐるっと回ってみよう。

以前の房総半島といえば、東京のすぐ隣なのに車では行き難い場所だった。
それがアクアライン、首都高C2山手トンネルの開通でずいぶんと変わった。
僕の家からだと首都高新宿線-山手トンネル経由で湾岸線-アクアライン。
慢性的に渋滞している京葉地区を抜けたり、久里浜からフェリーに乗って東京湾を渡ったりしていたあの頃とは違う気軽さで遊びに行けるんだ。






刈り取りの終わった田を眺めたり、渓谷沿いに散策したり。
農家の庭先で干し柿を買う。
オマケに持って行きなさいと柚子を貰う。
海に出れば、小アジ狙いの釣り人が日向ぼっこを楽しんでいる。

やっぱり房総は良い。
そしてここに来るたび、いつかこちらに移住したいとの思いを強くする。
住むなら南房総が良い。
そこでスイカを作り犬を飼い、朝夕には海に釣り糸を垂れるのだ。
そんな夢とも妄想ともつかぬ話をしながらの帰路。
静かだなと隣を見ると、僕の話など聞きもせずMは熟睡していた。

        -----------------------------------------------------


ところでこれが、房総の一部で食べられている竹岡式ラーメン
美味しいかは個人の嗜好によるけれど、癖になるのは確かだ。


鶏手羽トマト煮2015年12月12日

5時の気温は12度。
台風並みに荒れた昨日の落ち葉は、45リットルのゴミ袋をパンパンに膨らませた。
やっと道を掃き終わる頃、夜明け。
東京の日の出は6時40分。
日没は今が一番早い16時28分で、明日からまた少しずつ遅くなり始める。
でも夜明けがそれを上回って遅くなり続けているから、昼時間は冬至までまだ短くなるのだ。

7時半、車で出勤。
途中のコンビニで飲むヨーグルトとサンドイッチを買い、職場で朝食とする。
昼食は時間が取れず、午後に差し入れのカリントウを食べた。
仕事は特記事項なし。
今日はもう良い、月曜から頑張ろう。 など独語して定時退勤。
帰り道にホームセンタに寄り、犬用の缶詰とおやつを買った。

        ------------------------------------------------


イカをネギとバターで焼いて、醤油を少し。
畑から抜いたカブの葉をお揚げと煮る。
圧力鍋を使い鶏手羽をコンソメで煮て、その後トマト缶を投入。
他に、白菜漬け、アスパラ菜お浸し、シラスおろし。
独りの夕飯には多すぎるけれど、今夜はこれらでゆっくり酒を呑む。
Mの居る夜も良いけれど、独りもまた良し。

明日は母の誕生日。
母はシクラメンが好きで、誕生日にはいつもその鉢植えをプレゼントしたっけ。
去年からそれを花束に代えて、でもこれからも祝うだろう。
元気だったら79歳になる母。
明日はいつもの店の寿司と花を買い、夜は自宅でロウソクを灯そう。
キリスト教会との関係は絶ってしまったけれど、逝った家族の事はずっと想っている。
賛美歌も流すし祈ることもあるけれど、でも今は教会に行くつもりは無い。
今の僕にはそれで良いのだと思う。



いろいろ2015年12月14日

偶然なのか、それとも何かの力が働いているのか。
この半月ほどの間に身の回りで機器の故障が次々起こる。
まずはフレッツ光の無線LANカードが不調になり交換。
次に四駆の燃料計が動かなくなり、これは今でも修理していない。
7年使ったプリンタはスキャンが動かずコピー不能に。
昨日は、ずっと使っていたクワの柄が折れ、
そして夜には気に入っていたマイクロソフトの無線マウスが機能停止。
何をしても使えず、仕事帰りにロジクールのトラックボールM570tを買って帰った。

久しぶりに使うトラックボール。
慣れない操作性に戸惑いながらネットを徘徊。
すると同じものがAmazonで2000円も 安く売られているじゃない。
そんな師走。

そう言えばボーナスっていつ出るんだろう。
いやそれ以前に、出るんだろうね?


龍勢2015年12月16日

仕事は休み。
いつもよりも遅くに起き、良い天気だから散歩にでも行こうかと家を出る。
Mと二人、ポットにコーヒーを淹れて車で出掛けよう。


渋滞の青梅街道も16号線を越えた辺りからようやく流れた。
青梅で成木街道へ。
ここから名栗、山伏、正丸、299号線に出て芦ヶ久保あたりまでは大好きなコースだ。
12月も後半とは思えぬ暖かな日。
久しぶりにオープンにして気持ちの良い峠道を流した。
素晴らしい青空、冬枯れの始まった山、柿の橙色がハッとするほど美しい。
やがて武甲山の威容が見えてくれば、秩父。

久しぶりに来る秩父。
かつて札所巡りをした場所をMに見せたり、地酒を買ったり、高台から展望を楽しんだり。
下吉田の椋神社に詣でてから、その近くに新しく出来た温泉に篭る。
遅い昼食は里山料理のバイキング。
大根煮とか、コンニャクとか、地粉のうどんとか。
温泉はpHの高いアルカリ泉で、肌がツルツルになる。
この頃具合の良くない腰も少しだけ軽くなったようだ。


これは某アニメで有名になった龍勢祭りで使われる打ち上げ台。
この時もアニメファンらしき人が写真を撮っていた。
きっと向こうから見たら僕らもアニメファンに見えただろう。
あのアニメは嫌いじゃないけど。
それにしても龍勢祭りが気になる。
いつか是非、この目で農民ロケットの打ち上げを見てみたい。

帰りは皆野寄居有料道路から関越に出て、自宅まで2時間弱。
高速を使うと秩父って意外と近いんだ。
200キロほどのドライブ。
計画を練って遠出するのも勿論楽しいけれど、こんな軽いドライブもまた良い。
そして秩父はやっぱり面白い。


カキフライが食べたいこと2015年12月18日

東京の日の出は6時44分。
そんな時間まで夜が明けぬ事に、改めて驚いてしまう。
なにしろ半年前には今より2時間20分も早く日の出を迎えていたのだから。
出勤前に畑仕事が出来た6月と、朝の落ち葉掃きを暗闇でする今。
地球の自転軸は23度傾いているのだ。
もしそれが無ければ季節も無く、年間を通じて昼夜は12時間ずつ。
地軸の傾きって素敵。

朝、出勤前に母の写真に供えてあったシャトレーゼのレモンケーキを食べる。
食べ終わってから包装を見ると、賞味期限は13日前に切れていた。

出勤後、気に入りのムーミンのマグを落として割ってしまい萎れる。
仕方なく検査用紙コップで朝のお茶を飲む。
検査用紙コップとは、いわゆる検尿カップの事だ。

昼、お湯を入れるだけで出来上がる非常食の五目御飯。
職場には有事に備えて大量の非常食が備蓄してある。
その中から期限切れの迫ったものを放出するのだけれど、それを箱ごと貰ってきたんだ。
暫くはカップ麺と併行してこれが昼の主食になりそう。

20時、宅配便受け取りの都合で寄り道せずに帰宅。
その後買い物に出る気力なく、何かを作るのも億劫だ。
結局、床下で転がしてあったジャガイモをチンして食べた。
酒は冷えた白ワイン。
マヨをつけて食べながら、ああ今日はロクなもの食べてないなと思う。
ジャガイモはとても美味しいけれど。

           -----------------------------------------------

家で何を食べたいかと問われたら躊躇は無い。
揚げ物だ。
祖母は100歳で逝くまで揚げ物が好物で、この時期はよくカキフライを食べていた。
母が作るそれを嬉しそうに食べる祖母を良く覚えている。
たしか醤油をつけて食べていたっけ。
僕は揚げたてアツアツにレモン塩をつけて頬張るのが好きだ。
今、そんなのをつまみながらビールが呑めたら至福だろう。

僕の家では揚げ物をしない。
独り分だけ揚げるのも面倒だし、油の処理や後始末が大変だからだ。
でも、この時期になると母が揚げたカキフライを思い出す。
あの頃普通だった家で揚げたてを食べるという事が、こんなにも贅沢に思えるなんて。

冬至2015年12月22日

今日ついに太陽の南中高度は最も低くなり、明日からはまた少しずつ昇ってゆく。
それに伴い、昼時間も徐々に延びはじめる。
地上ではまだ冬が厳しくなるけれど、天上はもう春に向かうのだ。
それを思えば、これからの寒さも耐えられるだろう。

5時半、気温は8度。 
犬との散歩。 やがてしののめ。
いつものベンチに座って犬とビスケットを齧りながら静かな時間を楽しむ。
それは冬の時期の楽しみの一つだ。

7時、Mを送り出し僕も車で出勤。
今年の出勤は今日を入れてあと5回。
来年に送るもの、塩漬けにするもの、今年中に片付けるもの、急ぎのもの。
仕事を振り分け、今日の予定を組んで一日走り回る。
昼食は時間なし。
12時間働いて、疲れて帰宅。


夜、柚子湯とカボチャ煮を準備する。
2013年の冬至の日、やはり柚子湯とカボチャ煮を準備して母を夕飯に招いた。
あの時はまだ、母は僕の家まで歩いて来る事ができていた。
柚子湯に歓声をあげた母を良く覚えている。
シクラメン、出前の寿司、ほうじ茶の香り、そして母の声。

あの頃の事ばかり考えている。
たくさんの思い出に埋もれ、窒息してしまいそうだ。
とりあえず一年を耐えろと皆に言われた。
初夏に母の一周忌が過ぎて、でもその後なにか変ったのか。
一年の次は二年を、その次は三年を耐えるのか。
毎朝、両親の写真にコーヒーを供え、でも悲しくてその写真を直視できずにいる。

Mは僕の家に5連泊中。
今夜も仕事が終わったらやって来るようだから、ツミレ鍋の準備だけはしておいた。
ただし何時に帰ってくるかは解らず。 きっと遅いだろう。
明日は自宅の大掃除。