昇仙峡2017年09月13日

山梨を散歩してきた。
そこにはまだ夏が残っていて、川遊びも楽しい。
久しぶりに行った昇仙峡。
武田家の屋敷跡にある信玄を奉る武田神社。
美味いものを食べ、川沿いに歩き、高台から富士を見た。

怖いほどの蝉時雨。
照りつける陽差し。
楽しい一日。
あっと言う間の一日。









パー18年2017年09月12日

南風の強い小雨の朝。
日の出は5時21分。
その時間の気温は24度。
燃えるゴミを出しただけで汗だく。
この湿気で犬も臭くなっている。
明日は風呂だぞ、と犬に言ってから車で出勤。

仕事は特記すべき事も有ったけれど、ここには書けぬ。
昼食は時間なし。
午後は会議が3時間。
なんだか疲れてしまって早めに帰宅。

夕飯はキノコとナスのカレーを作った。
他に、焼き栃尾揚げネギ味噌はさみ、イカバター、ゴーヤとタマネギのツナ和え。
19時半、先に食べていてとMからのメールを見て食べ始める。
相変わらず彼女の仕事は忙しい。



先日、酒屋で見つけたオールドパー18年。
普段飲んででいるのが12年だから、それとの違いを知りたくて買ってきたんだ。
あーやっぱり芳醇。 でも枯れていない。
これは良いやとロックでグイグイやっていたら、あっという間に飲みきってしまった。

でも、12年モノに比べて3倍の値段をどう考えるかだな。
3倍美味いかと言われると考えてしまう。
なんて言っていたら、あんたはもっと味わって飲みなさいとMに言われた。
3倍味わう事にして、もう一本買ってきた。
今夜はMを待ちながらじっくり飲むつもり。





耕運機整備2017年09月11日

朝、犬との散歩で夜明けの遅さを思い
夕、職場の窓から外を見て日没の早さを思う。
昼時間は、この一カ月で1時間以上も短くなった。
あと2週間もすればまた、昼より夜が長くなる。
暗く寒い冬が近づいてくる。

Mより連絡あり、Mのお父さんがまた入院したとのこと。
夏から二度目の救急搬送。
いろいろと心配なことが多く、僕も少し自分の職場内で動いてみる。
ただ運ばれたのがMの勤務先で、その点は良かった。
お父さんだって、娘が師長を務める病棟に入院したのなら少しは安心だろう。

仕事は特記事項なし。
昼食はチリトマトヌードル。
歯科受診にて早めに帰宅。
先日、鶏手羽を食べていて前歯が折れてしまったからだ。

保険での治療だと、変色や強度の問題が有るという。
私費で治せばそれらの心配はないが、一本10万円だという。
なぜ保険診療内で使用に耐える歯が入れられないのか。
嗚呼、手羽先に付いている軟骨なんか齧るんじゃなかった。

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昨日、庭の畑からトマト、キュウリ、ナスなど夏野菜を撤収。
跡地に堆肥を入れ、石灰をまき、耕運機で耕しまくる。
埼玉に借りている畑はもう耕し終わっているし、自宅もこれで秋冬野菜を播ける。
今年もずいぶん活躍してくれた耕運機だけれど、これで暫くの間は休んでもらおう。

このHONDAの耕運機を買ってもう9年。
空冷単気筒OHVで排気量は50cc。
4ストロークで静かだし、遠心クラッチで簡単だし、燃料は車用ガソリンが使える。
重量18キロでハンドルが折り畳め、自家用車で簡単に運ぶことが出来るんだ。
今年の働きに感謝しつつ、エアフィルターとオイルを交換。
高圧洗浄して物置へ仕舞いこんだ。

今年一つ収穫だったのは、新しい殺虫スプレーを使い始めたこと。
今まで、殺虫スプレーをまこうが蚊取り線香を焚こうが、
この時期はヤブ蚊に刺されてばかり。
もう夏の時期は蚊が凄すぎて畑に行くのが憂鬱になるほどだった。

それがこれは効く。
写真に写っているのはアースのヤブ蚊ジェット。 
フマキラーのヤブ蚊バリアも同様に良く効き、共に8時間の効果を謳う。
実際に野外で使ってみると8時間は無理だけれど、3-4時間は蚊の襲来が無い。
これには驚いた。
ホームセンタで一本600円程度と従来の殺虫スプレーに比べて少し高いけれど、
もうこれ無しで夏の畑に行ける気がしない。
長袖を着ても蚊に刺されていた以前からは考えられない程に快適なのだ。


秩父散歩2017年09月07日



9月7日、「白露」
気温が下がりはじめ、草花に露が宿る頃。
夏の間しまい込んでいたオープンカーを出して、そんな白露の秩父を散歩した。
僕はこの地で札所巡りをした事も有るし、Mは奥秩父の山々が好きだ。
だから二人のどちらかが秩父へ行こうと言えば、嫌は無い。


気温21度。
霧が時折小雨になるような日。
深呼吸すると肺の奥にまで優しい冷気を吸う事が出来そうな気がする。
雨と稲と土の匂い。
霧に隠れて見えない武甲山が、その石灰の山を削る発破の音で存在を知らせる。


昔住んでいた家の花壇で、祖母が毎年コスモスを咲かせていたっけ。
僕はなぜかコスモスの葉を千切った時の匂いが好きで、
祖母に隠れていつもそれをしていた。
繊細な葉と花が風に揺れて、見ていてこれほど安らぐ花はない。
外来種なのに、日本の風景に良く似合うのだ。


彼岸花はたくさんの別名を持つ。
曼殊沙華以外にも、地獄花、狐花、毒花、死人花、捨子花。
どこか怪しい雰囲気や有毒で有る事から、そんな名がついたらしい。
また、花が咲き終わってから葉が出ることから、「葉見ず花見ず」とも言われる。
葉も花も互いを見られないなんて少し寂しい気もするけれど、素敵な名だ。


そしてアキアカネ。
ずっと見ていても飽きることが無い。
好きだなー 赤トンボ。
この後しばらく追いかけていて、Mに呆れられた。


でも里山散歩だけで満足するはずもなく、名物の豚みそ丼を食らい、
酒蔵に行き2升の酒を買い、物産館で漬物と大量の葡萄を買う。
秩父は食べ物も美味いのだ。

今度は秋蕎麦の時期にまた行こう。
畑で育つ蕎麦も見て来たし、たしか11月には新蕎麦祭りが有ったはずだ。




親父のこと2017年09月06日

朝起きて二階のリビングに入り、レンジで牛乳を温める。
風邪薬を飲む前に、何か少し胃袋に入れたかったからだ。
その短い間に、壁に掛けてある暦を見ていた。
明日はもう白露か。
それが過ぎれば菊の節句。 
そしてすぐに秋分もやって来る。

この一カ月の間に、昼は1時間以上も短くなった。
太陽高度は10度低くなり、それだけ影が長く伸びる。
菊、彼岸花、いわし雲、赤とんぼ。
親父が倒れたのは、あの年のこんな時期だった。
救急外来のベッドで僕の手を握ってからすぐに昏睡。
そして一度も目を覚まさないまま、逝ってしまった。
もうすぐまた、命日が来る。

あの日を境にいろいろな事が変わった。
僕はあの二世帯住宅を出ることになって、また新しい住処を作った。
それがやっと落ち着いたと思ったら、今度は母の発病。
介護の末に在宅で看取って、その反動かしばらくは呆けたような時間が残った。
いや、今でもボンヤリしているけれど。

あの一連の出来事を経て、僕は何だかそれまでとは違う人間になったようだ。
考え方も、生き方も変わった気がする。
いろいろな事が、たった一本で電話で変わってしまう。
それを身を以て経験したからかもしれない。
でも、決して厭世的になったわけではない。
世の中の一切は無常である、と悟った訳でも無い。
ただ、物事に固執したり囚われたりする事が少なくなったな、と思う。
諦めが良くなったな、とも思う。
ただ歳をとっただけなのかもしれない。

仕事は特記事項なし。
明日は休み。
Mとどこかへ散歩にでも出掛けようか。
あ、でも天気悪そうだな。



大根をまいた2017年09月04日

東京の日の出は5時15分。
長い夢を見ていたようで、熟睡感無くその時間に起床する。
気温20度。
低い鈍色の雲。

ルンバをセットしてから犬と散歩に出て、帰宅後こんどはブラーバを走らせる。
ブラーバはルンバと同じ会社が出している雑巾掛け機だ。
この二台の掃除ロボットのお蔭で、床はいつも清潔。
裸足でペタペタ歩いても、ゴロゴロ寝転がっても汚れが気にならない。
家が綺麗になったところで7時半に出勤。

どうやら風邪をひいたようで、頭が痛く体が怠い。
総合感冒薬のPLを出してもらい、部屋にこもって事務仕事。
そう言えば子供の頃、家でお菓子を入れる容器に使ってたのがPLの缶だったっけ。
きっと近所の開業医で用済みになった缶を貰ってきたんだろう。
でもそんな昔からPLって有ったのかな。
と調べたら、発売は1962年だった。
古い薬なんだなあ。

そう言えば子供の頃、風邪をひくと婆ちゃんが薬を煎じてくれたっけ。
祖母の家の庭にはいろいろな薬草が生えていたし、
納屋にはそれらを干したものがぶら下がっていた。
得体のしれない干し草をヤカンに入れてグツグツとやっていた。
アレには何が入っていたんだろう。
少し甘苦い味は良く覚えているのだけれど。

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埼玉に借りている畑にて、昨日大根の種まき。
大根はここ以外にも、スイカの跡地に畝をあと二本作る予定。
やっぱり広い畑は余裕が有って良い。
しかしここの畑は年末で契約が切れ、僕はまた畑難民と化すのだ。
次に借りれるのは来年4月から。
抽選に当たればだけれど。

夏野菜は自宅の畑でも何とか足りる。
でもジャガイモ、スイカ、大根。
そんな作物には、どうしても広い土地が必要なんだ。
埼玉まで通うのは骨が折れる。
でも、広く日当たりの良い畑には苦労して通うだけの価値が有る。
自宅でそれが出来ない以上、遠くまで通うか僕が引っ越すかしかない。


8月も終わり2017年08月30日

これから夏を迎えようという6月梅雨入りの頃、
東京の日の出は4時20分台だった。
あれから真夏を感じさせる日は何日あったろう。
記録に残る曇りがちの夏。
雨と日照不足で夏野菜が育たなかった夏。

今に思えば、猛暑のあの日にもっと陽を浴びればよかった。
大好きな夏が往こうとしているのに、日焼けの跡も薄い。
今日、東京の日の出は5時11分。
季節は進み、昼時間は1時間半も短くなった。
蝉に混じって秋の虫が鳴き始めている。
嗚呼、8月が終わってしまう。

昔より天候が苛烈になった、と良く言われる。
特に夏場の雨や高温は酷いものだ。
でも、それと同じくらい夏が短くなったと感じる。
本当の夏日を何度感じただろう。
データとしての夏日じゃなくて、肌で感じる夏の季節だ。

麦わら帽子と海と入道雲の夏なんて、僕にはもうやってこないのだろうか。
ひりつく日焼け、夕立ちの匂い、蚊取り線香の煙り、夜明け前の雑木林。
そんな夏だ。
それは僕が空調の効いた職場の部屋にこもって仕事をしているからだろうか。
それとも、すっかり歳をとってしまったからなのか。

南海上から台風15号が北上して来る。
その台風が東に反れたら、一気に季節が進むだろう。
そして予報通り、18号は東へ流れてゆきそうだ。
秋が来る。
後悔しても、もう遅い。






ブドウ2017年08月26日


うちのブドウ。
摘房も摘粒も袋掛けもしないから、出来はこの程度。
でもこれがけっこう甘いんだ。
こんなのが、フェンスに沿って30房ほどなっている。
仕事に行くとき、犬と散歩に出るとき、庭仕事の合間に、ちょっとつまむ。
それが楽しみ。

今日帰宅すると、どこかの子供がしゃがみこんでコイツを食べていた。
あまりの熱心さに、しばらく見入ってしまった。
樹になっている葡萄が珍しいんだろう。
両手で房を持って、とても楽しそうに食べていた。
やがて僕に気づき、恥ずかしそうに行ってしまった。
あれはどこの子供だったんだろう。
夏休みも終わりだね。



娘、帰る。2017年08月24日

泊りに来ていたMの娘が、昨日帰っていった。
自分の部屋よりも僕の家からの方が遊びに出やすいのだろう。
僕が仕事に行っている間、新宿だあ青山だあと連日遊び歩いたようだ。
まあ、年頃だもの。
その位でちょうど良い。
楽しそうにしている姿を見るだけで、こちらまで少し若返った気がする。

それでも夜は僕が作ったものを食べる。
ハンバーグだとか、焼き野菜だとか、パスタだとか、パンまで焼いたり。
この子の好物ばかり作る。
美味しい、と言ってくれるのが嬉しくて、食べきれないほど作る。

ベッドに新しいシーツを張り、エアコンを弱めにし、ラベンダーの香を焚く。
臭かった犬まで洗った。
まったく、甘やかし過ぎなのだ。
でも良いじゃないか。
最近は多忙でめったに遊びに来ない。
たまに来た時くらい、姫のように過ごせばいい。


部屋まで送る途中、ヒマワリを見に行った。
去年もここに見に来たっけ。
僕はヒマワリの花が大好きなのだ。
夏ももう終わりだね、など話しながら散歩した。
そのうちお母さんと三人で旅行に行こう、なんて話もした。

いつかそんなことが出来たら嬉しい。
でも、この子もいつ間にか大人になった。
ちょっと見ない間に綺麗になっていて、一緒に居るのが恥ずかしいくらい。
僕らとの時間より、ほかの誰かとの時間を重ねる頃だろう。
そんな人が出来たら紹介してほしい。


ヒマワリを撮るMの娘。
次に来るのは正月かな。
ではまた。
研究発表、頑張って。

犬が逃げて2017年08月21日



朝5時の気温は24度。
湿気を含んだ重い空気。
いつの間にか、秋の虫が鳴き始めている。
処暑も近い。

いつものルートを犬と歩き、もうすぐ自宅という場所で散歩綱を落としてしまった。
それに気付いた犬が何度か振り返りながら、小走りで走ってゆく。
思いがけずリードを放されて、犬も悪戯な気持ちになったんだ。
どうせ自宅玄関前で僕を待つだろう。
ちょっと嬉しげに走ってゆく犬を見守りながら帰宅。

すると、居ない。
焦って探す。
あの気弱な犬が徘徊するだなんて考え難い。
どこかで道に迷ったか。
ふと、隣家を覗いた。
すると、以前僕の実家だったあの家の玄関ポーチに座っているじゃないか。
以前、犬は僕が出勤するとき両親に預けた。
あの家で自由に過ごし、僕の帰りを待っていたんだ。
父も母も、この犬を愛した。

あの頃のように、尻尾を振ってそこに座っている犬を見て辛くなった。
どうして昼間、この家に来られないのかな、と不思議に思っているだろうか。
今にも僕の母が玄関を開け、顎を撫でてくれると思っているだろうか。
もうこの家には君を可愛がってくれる人は居ない。
それを言っても、何だか楽しそうに尻尾を振るばかり。

もう3年経つのに、彼女の中ではここはまだ楽しい場所として映るのだろうか。
そんな素直な感情を表すことが出来る犬が羨ましい。
僕が犬だったら、この家の前で負け犬のように尻尾を巻くだろうか。
今はもう居ない家族を思って遠吠えするだろうか。