ある獣医さんのこと2017年03月12日

花粉症の犬を受診させるため、いつもの道を歩く。
毎年この時期は、最低限の薬を使ってもらっている。
痒さに掻き毟り顔から血を出してしまうからだ。
そういう時、匙加減の解っている主治医が有難い。

道の反対側から見て、獣医院の異変に気が付いた。
年中無休でいつも開いているのに、今日はシャッターが降りている。
その上、玄関前に花束や手紙まで置いて有るじゃないか。
走って見に行った。
そして張り紙を見て、そこの先生が急逝された事を知った。
それを悼む花と、沢山のメッセージ。
にわかには信じられなかった。
だって僕よりも若い獣医師だったから。

立ち尽くしていると、犬の散歩中だった方が話しかけてきた。
その方も、ここでいつも診てもらっていたという。
亡くなったその日も犬の様子を伺う電話を貰ったという。
その後院内で倒れ、救急搬送されたとのこと。

そう、その先生はいつも受診後に電話をくれた。
ヒトとは言葉少なだったけれど、犬とはゆっくり対話する人だった。
時間をかけて診察し、検査や採血手技にも秀でていた。
たった一人で年中無休で、動物と接し続けた。
僕もかつて獣医になりたかった事を、彼の姿を見て思い出した。

数年前に開業したとき、良い獣医院が近所に出来たと喜んだものだ。
その後ずっと患犬として、通い続けた。
先月も診察してもらったばかりじゃないか。
まさか40代で突然に逝かれてしまうなんて。

帰り道、「田中先生、死んじゃったんだよ」と犬に話しかけた。
涙が流れて止まらなかった。
開業したばかりで、やり残した事もたくさん有ろうに。
その無念が辛い。
でもきっと、今まで過ごした年月には満足されているのではないのか。
自分の城のあの獣医院がとても居心地よさそうだったもの。