豚汁2015年02月03日

季節を分ける、という意味の節分。
そして節分により区切られた季節は明日から春となる。
でもそれは天上での移ろいであり、地上を這い回る僕にとっては今が冬の盛り。
ゴール前が一番辛いのはなぜなのか。
夜明け前が一番暗いように、春を目前に2月の寒さが体を射抜く。
自転車通勤? 夜のジョギング?
そんなもの、今はまったく出来る気がしない。
夜は家に篭り氷姫が過ぎるのを待ち、仕事には暖房を28度に設定した車で向かう。
意地を張っている場合じゃない。
なりふり構わずただ耐えて、寒さの緩むその日を待つんだ。

仕事は停滞期。
目の前の日常業務をこなしながら、無難に今日を終える。
本業以外の予定は週の後半に税理士事務所。
来週前半は不動産管理会社、後半は自分が講師をする勉強会の原稿書き。
その次の週は自宅の外構リフォームだったかな。
そうこうしている内に、また2月最後のあの日が来る。
母が倒れてもうすぐ2年か。


夜、あまりの寒さに豚汁を作る。
休日とその前夜以外は休肝日だから今日も禁酒。
月の半分以上は酒を呑まない日になるけれど、そんな日の夕飯は簡素に済ます。
だって、美味いものを並べたら酒が欲しくなってしまうから。

と言っても今日の豚汁は具沢山。
自家製の野菜はネギ、大根、カブ、白菜、小松菜、タマネギ。
その他、コンニャク、サトイモ、厚揚げ、にんじん、豚肉が入ってる。
 


あ、ちょっと作りすぎたな・・
この豚汁と、昨夜作ったカブの葉の菜飯、そして肉じゃがが今夜の夕飯。
酒を呑まないと腹が減って、普段より沢山食べてしまうんだ。

雪降らず2015年02月06日

積雪を覚悟し、雪かきのため早めに起きた。
でも予報は外れたようで、雪などどこにも有りはせぬ。
そのまま犬と散歩に出たのが6時。 
気温マイナス1度。 凍りついた舗道に犬と僕の足音が響く。
寒いねー、と僕が言う度に犬が振り返りスキップをする。

出勤前に温めた牛乳を飲みながら朝刊を読む。
新聞の日付を見るたび、その数字の羅列に違和感を覚える。
今が2015年って本当の事なのか? 
どうもアタマの中が20世紀の終わり頃で止まっているようだ。
2015年。 平成27年。 いつの間にかすっかり歳をとってしまった訳だ。

仕事は特記事項なし。
週明けから少し忙しくなりそう。
昼、緑のたぬきに湯を入れた直後に呼び出しを食らう。
30分後、汁を吸い冷たくなった物体を摂取。

夕方から税理士事務所へ行く。
馴染みの税理士Tさんは母と同じ病気、同じ病院で治療を続けている。
この頃はずいぶん体調も良いようで、髪もすっかり生え揃ってきた。
ある時を境に母は落ちてゆき、Tさんは這い上がってきた。
選ばれたのは母なのか、Tさんなのか。

その母から引き継いだものの申告を見てもらう。
あとは自宅のPCからe-Taxで送信するだけだ。
これで母の件の事後処理は全てが終わり、ファイルを閉じて引き出しに仕舞うのだ。
決して楽しい作業では無いのに、それが終わるのが寂しい。
母宛の手紙もこの頃はもう殆ど来ない。
実家に住み着いた兄は母の表札を剥ぎ取ってしまった。
だんだんと母の名を見ることが少なくなってゆく。

夜、少し酒を呑んだ。
本当は計画的休肝日の筈なのに呑んだ。
母が植えた水仙の花を一輪挿しに活けて、それを見ながら呑んだ。



また今年も野菜作りをはじめること2015年02月11日



朝6時に2度だった気温は、昼間11度にまで上がった。
弱い南風。 よく晴れた建国記念の日。

赤いホンダの耕運機を車に積んで、久しぶりに埼玉の畑へ行く。 
しばらく放置し硬く絞まった土を耕しフカフカにする作業に没頭した。
小さな畑でも、そんな作業は重労働だ。
2時間、汗びっしょりになって土いじりを楽しんだ。

この畑のことで少し悩んでいた。
母が居なくなり、そして母経由で兄一家に野菜を渡さなくなって、作った野菜を食べきれず処分してしまう事が多くなったんだ。
自分で育てたのに、それを無駄にしてしまう悔しさ。
近所に配るにも限度があるし、誰かにあげるほど綺麗な野菜が出来る訳でもない。
僕とMが食べる分なら、なにも埼玉まで通わなくても自宅の畑で十分だ。
いっそもう、解約してしまおうか。

でも、少しずつ春が近づいてきて何かを感じた。
それはワクワクと表現しても良い、畑への愛着。
母が倒れてからそろそろ二年。
義務感とか、ただ母を喜ばせたくてとか。
そんな思いで続けてきた野菜作りを、また趣味として楽しむ行為に戻しても良いだろう。
広すぎたって、そこで少しの野菜を作れば良いじゃない。
食べきれるだけの野菜を丁寧に作れば良いんだ。

自宅の畑は夏野菜を植え付ける4月下旬まで休ませよう。
埼玉の畑では、その前に葉物と芋を育てよう。
夏はスイカ。 秋はサトイモと落花生。 
食べたいものを食べきれるだけ育ててみよう。

   -------------------------------------------------------------

帰り道、車で聞いていたラジオで「どんな匂いが好きですか」というアンケートをやっていた。
僕なら躊躇無く、春の匂いと答える。
北斗七星が昇る頃、夜の道を散歩をしていると漂ってくるあの匂い。
雨降りの匂いとも、沈丁花の香りとも違う。
まさに北斗のひしゃくが振り撒いているような、あの匂い。
懐かしい春の匂い。



昨日は2015年02月14日



Mと2人、母の実家とその周辺で遊んだ。
母がまだ具合の良かったあの夏に連れて帰った場所。
その時を思い出し辛くなるかと思ったけれど、むしろそれは楽しい記憶だと認識した。
それに、何も変らない海を見て安心もしたんだ。
変化の激しかったここ暫くの間も、海は少しも変らない。
それを確認しただけで満足だった。


それにしてもやっぱりここは良い。
海も山も畑も有って、昔の思い出がギッシリと詰まっている。
ここに来ると僕がまだ子供で、松林の向こうから若い両親が歩いてきそうな気がする。
兄と磯遊びをし、夜は花火をし、みんなでスイカを食べた。
夢のような。 夢だったかもしれない。 そんな思い出が抱えきれないほど有るんだ。

せっかく行ったのにカメラを忘れてしまいスマホで何枚も写真を撮った。
そしてもっともっとここに来よう、と思う。
実家に独り暮らす叔母はもう、88歳なんだから。

それにしても昨日は渋滞が激しかった。
行程のかなりの部分を、その渋滞の中で無為に過ごした。
田舎に居るときはあんなに快適だったのに、自宅に近づくと途端にこれだ。
距離は往復300キロ程度でも、渋滞で時間を取られてしまう。
もっと抜け道を研究しないと。

カブを煮た2015年02月20日

何度やっても人前で話す事が好きになれない。
しかし、勤続年数を重ねるごとにそういう仕事が多くなる。
数年前から職場内の「教育委員会」などという厄介な役割を兼ねるようになった。
そして、ますますそんな機会が増えるんだ。

今週は1時間半枠の講習を3回受け持った。
評判は知らないけれど、なんとか無事に終わらせて安堵する。
そして本来の仕事が全く捗っていない事に気づく。
講習などどんなに頑張っても、ルーチンワークが減る訳じゃない。

昨日は自宅にMが来て、夜遅くまでPowerPointに苦戦していた。
彼女もまたある発表を控え、睡眠時間を削って奮闘している。
デスクトップとノートPCの二台を並べて夜なべして、2人で夜中に大きな溜息をつく。
明日もう一日頑張ったら、日曜日は仕事を忘れて放心しよう。
そしてまた月曜日から月末の混沌へ突入だ。

                ---------------------------------


庭の畑が少しずつ春の表情を見せてきた。
菜の花が蕾を付け、白菜が塔立ちし、早くも雑草が芽を出し始めている。
もう少ししたら耕運機を入れ、夏野菜の準備をしよう。
それまでに、今植わっている野菜たちを食べてしまわなければ。

今日はカブを5つほど抜いてきて、鶏の挽肉と餡かけにした。
小松菜は缶詰のアサリと共に辛し和え。
キャベツはザクザク刻んでそのまま食べてしまおう。
冬の間は日当たりの悪いあんな小さな畑なのに。
寒さを嫌って手入れもせず放置していたのに。
温かなカブを食べながら、畑って本当に良いものだなと唸ってしまう。







菜の花の辛し和え2015年02月21日

柔らかな南風の土曜日。
午後、職場中庭を散歩したときの気温は9度。
雨水も過ぎ、これから天気は周期的に変わりながら春を目指す。
もうすぐ、苦手な季節が終わる。
春になれば、そして5月を越えれば色々な事が少しは楽になるだろうか。

もう行く事もないだろう実家には、まだ母が丹精した花壇があるはずだ。
母は庭に出られなくなってからも、最後までその花壇を愛していた。
母との思い出の多くは、花と共にある。
その花壇を見捨てたのは自分だし、それは仕方が無かったと今でも思う。
でもこれからの季節、あの花壇を想う事が増えるだろう。
それは記憶の中で美化されて、まるで天国のようにいつも何かが咲いている。

せめてハゴロモジャスミンを持ってきたかった。
紫陽花を挿し木で増やせばよかった。
モッコウバラは今年もまた咲くだろうか。
水が枯れてはいないだろうか。
荒れてしまってはいないだろうか。
ただ静かに咲く花を、誰かが見ているだろうか。

     ----------------------------------------------------------


自宅の庭の菜の花が蕾を付けた。
もうすぐ懐かしい黄色の花が咲くだろう。
それを数本手折って、辛し和えを作る。

21時。
今日、大切な発表を終えたMは電車を乗り継ぎ僕の家にやって来る。
でもその前に、長い講習を共に受けた仲間たちとの打ち上げだという。
きっと到着は遅くなるだろう。
それを待ちながら、菜の花を肴に酒を呑んでいる。
酒は秩父錦・舟口。
天気は西から下り坂。

花粉を感じる2015年02月24日

三寒四温、とか。 春に三日の晴れ間なし、とか。
冬と春がせめぎ合いを始めるこの時期の天候は落ち着きが無いものだ。
そして数日前から体中で感じるこの気配は、間違いなく花粉のそれ。
夜気に沈丁花が漂い始め、やがて冬が往く。
一番嫌いな2月が往く。

犬の散歩は朝6時。
毎日同じ時間に歩いていると、日の出時間の変化が良く解る。
いつの間にそれはずいぶん早くになり、そして今朝その時刻の気温は9度も有った。
暖かな朝。
それだけで緊張が解け、少し前向きになれる気がする。
そろそろ自転車通勤を再開しても良いだろう。
今度の休日、チェーンに油を差しタイヤに空気を入れてやろう。

仕事は特記事項なし。
少し早く帰り、外構屋さんと打ち合わせ。
自宅の裏へ続く通路に小さな門扉を一枚、数本の樹の抜根と10平米ほどのコンクリ打ち。
30万円の出費は痛いけれど仕方が無い。
それで昼間の犬の居場所と、もう一台分の駐車スペースが出来るのだ。

夕飯は畑から取ってきた白菜のスープ。
少し胃が痛いから、今夜はそれだけで我慢する。
酒は無し。 
これから寝るまで本を読む。
今夜は伊集院静の「羊の目」



今夜は呑む日2015年02月27日

降り続いた雨もあがり清々しい朝。
6時に犬と歩いたときの気温は3度。 
2月27日金曜日。 
そうか今月は28日までしかないのか、とカレンダーを見て気づく。
とうとうと、月日が音も無く流れてゆく。

出勤時、外構を少し変えた自宅を多少の違和感と共に見る。
砂利敷きの通路だった場所に門を付けた。 犬小屋の位置を変えた。
放置していた植え込みを整理した。
そこには来月、コンクリートを打って駐車スペースを作る。
母が知らないそんな変化を、どう感じれば良いのか解らない。

あれから9ヶ月。
まだ9ヶ月なのか。 もう9ヶ月なのか。
いつまでもあの頃のまま過ごすことは出来ない。
でも、母が植えたヒヤシンスが咲きモッコウバラの蕾が膨らむのを見ると、変らぬ物への強い憧れも感じる。
年々歳々花は相似たり  歳々年々人は同じからず
毎年花は変わらぬ姿で咲くが、それを見る人間は年ごとに移り変わる。
思い出になった人はいつも変らずそこに居る。
そんな思い出を持つ者は幸せなのだろうが、甘美な思い出の中のみに生きる事もできない。

仕事は少し手こずった。
機器の入れ替えがあり、新しい操作にまだ戸惑うからだ。
昼食は時間なし。 でも腹が減っちまって15時、トムヤムクンヌードルをすすった。

                     --------------------------------------------

自分で決めたルールを破るのは嫌だから、そのルールを変更する。
休みの前日と当日以外酒を呑まぬ、と決めた。
でもそんな風に呑む日呑まぬ日を決める事に意味があるのか?
22日から連続出勤中で明日も、たぶん明後日も仕事に行く僕がいつ酒を呑めるのか?
忙しくてストレスの溜まる時期に限って酒を呑めぬとは。
呑みたいときは呑む。 呑まなくても良い日は呑まぬ。
それが新しいルール。
今夜は呑むのだ。